新都社×まんがおきば連携作品

ひとときの暗がり

作:しもたろうに [website]

高校一年生 - (28)解散騒動

「もう絶対にライブはやらない」

ムラヤンがほとんど聞いたことのないような強い口調でそう話したのは、11月終わりのある週末の事だった。

自分の意見をあまり表だって言わないムラヤンからの意表を突いた言葉に局長とタクヤは戸惑った。

時間は局長たちが映画を見に行った日から少しだけ巻き戻る。

その日シータメンバーは、次のライブの話のため犬小屋に集合していた。

いつものYAMAHA楽器の吉岡から「シータ」の次のライブとして、12月23日にあるクリスマスイベントへの出演を打診されたタクヤが、その話をするためメンバーを集めたのだ。

その場で開口一番ムラヤンから出た言葉が「もう絶対にライブはやらない」だった。

前回のライブ経験は、ムラヤンにとって屈辱的な体験であり、それは局長の想定の遥か斜め上を悠々と通り越した。

2度とステージに立ちたくない。と、ムラヤンに揺ぎ無く決意させるほどの屈辱。

「え…じゃあ、バンドは?」

タクヤが狼狽えながらひねり出すように呟く。

「オレは、今日限りで脱退させていただきます。もともと、バンドをやりたいわけじゃなくて、オレがやりたかったのは声優だったし。」

そう言うと、身支度を整え始めるムラヤン。

「今日は、これを言いに来ただけだから。…ご迷惑かけてすみません。でも、本当にもう無理だから…じゃあ。皆さんごきげんよう。」

そう言うと、ペコリと頭を下げてムラヤンは本当に出て行ってしまった。

狂気的に忙しかった中、休みの日の少しの時間すらバンド練習にあてられていた10月の1ヶ月間。

そんな日々の中、自分たちの練習に必死な演奏隊に対して、メロディーラインすら教えてもらえず放置され続けたムラヤン。

何にも分からない曲を無理やり短時間で覚えさせられ、ライブ本番ではボーカルとしてバンドの矢面に立たされたムラヤン。

誰が見ても酷い扱いを受け続けたムラヤンが、こんなバンドで二度とステージに立つか!と言う気持ちになったとしても、誰にも責められるものではない。

冷静になって考えてみればムラヤンの主張は至極当然。

むしろ、その事をしっかり告げに来たムラヤンの義理堅さと責任感の強さに敬意を払いたい。

ただ、そんな事にシータのメンバーが気付くはずはなかった。

自分の事しか考えられない思春期童貞男子高校生はそんなものだろう。

ムラヤンが出て行ったあと、犬小屋内にはしばらく沈黙が流れた。

「次の…ライブの話だったよね。」

重い沈黙を破って啓司が話始めた。

「どうしようか…ウルオ知ってた?」

メンバー内で一番ムラヤンと仲が良かったウルオに対してタクヤが尋ねる。

「う~ん…辞めるって話は知らなかったけど、最近遊んでる時によく前のライブの時の愚痴は言ってたかな…」

タクヤは「そっか…」とつぶやくと、がりがりと強く頭をかいた。

「みんな。多数決だ!ここはひとつ多数決を取ろう!」

啓司が立ち上がり提案した。

「多数決って何の…?」

ウルオが当たり前の質問をぶつける。

「これからのバンドについてだよ。辞めるって言うんだからしょうがないだろ?それよりはこれからだ!ボーカルがいないとライブが出来ないのは明白だし、このまま解散するか、新しいボーカルを探すか多数決で決めよう!」

今日の啓司はここぞとばかりに饒舌に話している。

局長には、そんな啓司の態度に何だかチョッとイラついてしょうがない。

タクヤは胡坐を組んだ足を上下にバタバタさせながら、苦い顔で腕組をしている。

「良いんじゃない?」

ウルオは啓司の提案に賛成のようだ。

「じゃあ聞くよ!新しいボーカルを探してライブをすると言う人!」

そう言うと啓司は「はい!」と大きな声でなぞの返事をして、勢い高く手を上げた。

少し間をおいてタクヤが手を上げる。

局長とウルオはそのままだった。

しばらくの沈黙。

「じゃ…じゃあ、このまま解散するべきだと言う人。」

局長とウルオが手を上げた。

今ここにいるのは4人。

「あああああああ!!しまったぁあああああああああ!!」

2対2になって決まらない可能性があると言う圧倒的多数決の罠に気が付いた啓司は、素っ頓狂な奇声を上げた。

「よ…よし!じゃあ、ここはみんなであみだくじを…」

「もういいよ!お前黙っておけ!」

タクヤが声を荒げる。

「うぐぐぐ…」

その声に怯み、何も言えなくなる啓司。

「あの…良いかな…」

ウルオがあげた手を下げながら声を絞り出した。

「オレさぁ…ライブは楽しいよ。…でも…オレもチョッと演劇もバンドやってると…遊ぶ時間も勉強する時間も取れないし…正直…どうしようって思ってる所があったんだ。…前回の中間テストもボロボロで親からも目を付けられちゃったしね。」

ウルオがタクヤの顔色を窺いつつ「親からバンドか演劇かどちらかやめろって…言われてるんだ。隠していたけど…」と恐る恐る告白した

10月の超過酷な日々はウルオの生活にも多大な影響を与えていたのだ。

ウルオはこれまで見たこともないような悲しげな顔をしている。

「局長…お前は?お前も辞めるって言い出すのか?」

さっきから何も話さない局長に対して、タクヤが問いただすように話を振る。

「正直いきなりすぎて、どうするべきか分からない。ただ、オレは少し時間を置きたいと言う感じかな。解散と言うよりは、活動休止…みたいな…」

高校生活が始まってからずっと2人でバンドをどうするかと言う事ばかり話して来た局長とタクヤ。

局長がこのタイミングで、バンド活動休止の方を選んだことにタクヤは少なからず動揺を受けていた。

「お前!ふざけんなよ!お前がそんな事言い出してどうするんだよ!」

タクヤが立ち上がり叫んだ。

「バンド続けるって事は、新しいボーカルを連れてくるって事だよな…誰を連れてくるんだよ…そもそもさぁ…オレ達にそんなお友達がいたのか?」

「そういう話じゃねえよ。やる気の話なんだよ。」

困ったような表情を浮かべた局長は、「ん~」とため息にも似た吐息を吐き出し、少し間をおいて、ゆっくり自分の超低スペックCPUを動かしながら話し始めた。

「…急すぎてどうしたら分からないけど、多分、オレはこのメンバーだったから…バンドもライブも楽しかったんだと思うんだ。文化祭の時、白石さんと一緒にやっただろ?そりゃあ、…お前は従兄だし別にどうでも良かったんだろうけど…オレは…楽しいって言うより…疲れる事の方が大きかった気がする。…新しい誰かを入れるって意見に…今…すぐに『あ…いいね!』とは思えない。…なんて言うか…このメンバーでバンドをどうするかと、メンバーを変えてでもバンドを続けるかじゃあ、全然違うんだよ。」

普段の早口とは打って変わった、ゆっくりと言葉を探り探り話す局長の独白にタクヤは静かに耳を傾けている。

人見知りと言う言葉すら憚れるほど極度の人見知りである局長にとって、タクヤの従兄とは言っても面識のない白石とのバンド活動は想像以上に苦痛なものだった。

新しいボーカルが見つかったとしても、そのボーカルがムラヤンと同じような付き合いが出来る人物であると言う保証は何もない。

周りから忌み嫌われる存在でありながら、自分自身も人をどこまでも取捨択一する局長にとって、新しいメンバーを探すと言う行為はバンド継続の気持ちを一気にへし折るには十分だったのだ。

タクヤは憮然とした表情でドカッと座り込んだ。

「分かった!僕がボーカルをやれば全ての問題は解決だね!」

指をパチンとならして提案した啓司の言葉を完全に無視して、その場はなし崩し的にお開きになったのだった。



総文祭が終わってから、演劇部の活動は週に1度の基礎練習だけになっていたため、学校でムラヤンやウルオと顔を合わすことはほとんどない。

こんな状態でも、局長とタクヤは相も変わらずいつものトイレ裏に弁当持参で集まるルーティーンは崩さなかった。

守山の姿はない。

年明けまであと2週間。屋外にあったトイレ裏には粉雪がちらついていた。

「あのさぁ。」

タクヤがかじかむ手に息をかけつつ、局長に話しかける。

「ん?」

「この前話そうと思ってたクリスマスイベントのライブの事なんだけど…」

「あぁ…そう言えば、解散話で盛り上がりすぎて、そっちのこと忘れてたな。」

「流石に今の状態で、バンドでの出演は出来ないだろ?」

「そりゃあ無理だよな。出るとか出ないとか以前に練習もできないしな。」

「実はさ、吉岡さんには『出ます!』って伝えてたんだよ。」

「まぢか!だから、お前は解散に反対だったのか?」

「いや、それは関係ない。続けたかったのは正直な気持ち。って言うか、あの時そんなことまで考えてなかったし…」

「だろうね。」

「それでさ、やっぱり穴をあけたくないから、オレ一人で出るわ。」

「弾き語り?」

「まぁ、そう言う事になるかな。ギターあんまり上手くないけど。」

「カッコいいねぇ~」

「だから…見に来てくれるか?」

そう言うと、タクヤは弁当箱の入っていたバッグからライブのチケットを1枚取り出した。

「500円?」

「バカ!金は要らねえよ。」

乾いた笑いを浮かべながら局長はそのチケットを受け取った。

「23日か…それまでに彼女が出来てなかったら行くよ。」

「確実に来てくれると言う事か。よかったぁ~」

大げさに安心したジェスチャーをするタクヤ。

もしここで、吉岡に対してバンドがしばらく休止するのでライブは出られませんと話すと、定期的にライブ出演を持ち掛けてくれている今の状態がなくなってしまうかもしれない。

バンドを続けることが出来る可能性も残されている現状で、それだけは避けたいと考えたタクヤ苦渋の決断だった。

12月23日。ライブ当日。

局長は、以前「ティーンズライブフェスタ」が行われたYAMAHA楽器高松店5階にあるライブハウスに一人赴いた。

クリスマスイベントだと言うのに、以前のライブと比べると明らかに人が少ない。

バンドマンやそのファンにはなぜか彼氏彼女持ちが多い。…ような気がする。

「せっかくだからオレは女より音楽を選ぶぜ」と強く言えるバンドマンも同時に少ない。…ような気がする。

クリスマスはカップルでイチャイチャしたいと考える下半身おまんこ野郎ばっかりだから、今日は人が少ないのか。

局長は良く分からない謎理論を導き出し、何だか納得して会場に入っていった。

出演者リストを見ると、タクヤの名前がある。

当たり前田のクラッカーだ。

どうせなら弾き語りユニット「ピュアなハートにバンディット」にでもすればよかったのにと思いながら、そのボードを見つめる局長。

タクヤの前出番には、何の因果か見慣れた「マイノリティーボックス」の名前がある。

開演。

タクヤは、その日7番目の出演だった。

考えてみればライブハウスで客席側から見るのは初めて。

と言うより、出演以外でライブハウスに来たこと自体が初めてなのだ。

局長にとってのライブ経験は、ポケットビスケッツが「power」発売時に行ったお礼全国ツアーin高松を見に行った事があるだけだった。

ライブを客席から見るとこう言う感じか。と、普段見慣れない景色に感嘆しきり。

だがしかし、せっかくのライブ観戦ではあったが局長はどうしても乗り切れないまま、一番後ろの壁に持たれながら耳を傾けていた。

ライブハウスに通いなれたおっさんが「もう若い時みたいに前列で乗れないよ」と言いながらビール片手に嗜むかのように、局長は静かに聞いている。

いつもなら横にタクヤがいる。

2人ならバカ騒ぎもできたはずだ。

「赤信号みんなで渡れば怖くない」である。

でも今日はぽつねんと一人。

一人では何もできないと言う事を痛烈に思い知らされる空間の中に局長は佇む。

ライブは進み、「マイノリティーボックス」の出番となった。

「マイノリティーボックス」の音楽はやはり良く分からない。

そのまま、タクヤの出番。

一人ギターを抱え、ステージに上がるタクヤ。

ここで指笛でもならして「まってたぜぇい!」とステージ前に押し掛けることが出来ればどれだけ楽か。

タクヤと2人ならそんな事もできただろう。

そんな事を考えつつ、たった一人ぼっちの局長は、壁にもたれたままステージ上のタクヤの姿を見つめていた。

「え~と…今日は一人なので、どこまでできるか分かりませんが聞いてください。」

パチパチとまばらな拍手が起こる中、そう言うとタクヤはJUDY AND MARYの「イロトリドリノセカイ」を歌い始めた。

なぜその選曲なのか…

「相変わらずだな」とつぶやきながら、苦笑いをして局長は目を閉じた。

その演奏は、局長の知っているタクヤからは数段階レベルが上がっていた。

一人でステージに上がるため、尋常じゃない勢いで練習したんだろう。

2曲目はaikoの「カブトムシ」だ。

ステージ上でスポットライトの中、確実にうまくなったギター演奏と共に一人朗々と唄うタクヤ。

局長はその姿を静かに、それでいてしっかりと目に焼き付けていた。

ステージ上でスポットライトを浴びるタクヤ。

それを客席の壁にもたれかかって見つめる局長。

その間に、途轍もなく分厚い壁があるように感じた。

タクヤの出番終了後、控室に向かう事なく局長はそのままライブハウスを後にした。

今日は何だかタクヤとは話をしたくなかったのだ。

ただ、控室に向かったとしても局長とタクヤが話を出来たかと言えば、それは難しかっただろう。

タクヤはこの時、シータと同じくメンバーの脱退騒動で揺れていたマイノリティーボックスのボーカル明石尊と話していた。

人見知りの局長がこの2人に割って入っていけるはずもない。

いつこのように何重にも鋲の並んだブレスレットをして分厚いライダースジャケットを羽織っている明石と、圧倒的普段着のままのタクヤ。

どう見ても対照的な容姿。

控室で一人座っていたタクヤに対して明石が話しかける形で初めて会話した2人だったが、意外にも同い年。

しかも思いほか気が合ったため、「今度また遊ぼう!」とお互いの連絡先交換を行うまでになっていた。

「浦沢君って確か普段ベース弾いてたよね」

「あぁ…そうだよ。ギター普段弾かないから、へたくそで…」

「そんな事ないよ!それでさぁ…」

明石は少し間をおいて

「今度ベースの奴が辞めることになってさ、サポートでも良いからうちのベースやってくれない?」

とタクヤに打診した。

それは局長が帰りがけに商店街のセルフうどん屋で、あったかい「かけうどん」に「あげ」を乗せようとするタイミングと、ほぼ同時刻の事だった。

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