新都社×まんがおきば連携作品

ひとときの暗がり

作:しもたろうに [website]

高校一年生 - (27)Janne Da Arc

局長が人生で初めて公に発表した作品「付喪神」の評価は「努力賞」だった。

マイナスポイントとして、暗転が長すぎた事、暗転中に「早く」などの声が聞こえたことが挙げられたらしい。

他に、「役者の演技力不足、演出の単調さ」などの細かい改善点も指摘された。

この年の総文祭で、全国大会へコマを進めたのは、隣の自治体にある「ニュース付属高校演劇部」。

局長と同じ中学出身の村上が所属する演劇部だった。

「ドゥーン」と言いながら寄ってくることで「ショージ」とあだ名され、局長とは違う意味で気持ち悪がられていた奴だ。

その選評理由は「高校生ならではの葛藤が実によく表現された高校演劇らしい素晴らしい作品」と言う事だった。

確かに「付喪神」には、高校生の心情など1ミリも描かれていない。

あったのは、神様による人間の断罪だけだ。

「ステファニー」も考えてみれば、高校生の心情がテーマであり、この作品は高校演劇の名作と言われている。

高校演劇と言うフィールドが、そもそも「高校生らしさ」を求める場所だと言う事を局長は思い知らされた。

同時に「そんな下らねぇテーマに日和って話が描けるか」とも思った。

守山部長体制での最後の演劇部活動は、「付喪神」の評価の事、そして練習中の話題でひとしきり盛り上がり、そしてひっそりと終っていった。

その場で、守山は自身の引退を説明し、新部長として黒崎を指名。

来週からは黒崎が部長となり、新体制での活動となる。

その帰り道、先日の決意を話すため局長は意を決して守山に声をかけた。

明日からの部活に守山はおそらく顔を出さないだろう。

もしかしたら昼休みのトイレ裏にも来ないかもしれない。

このタイミングを逃すともう一生無理かもしれない。と、局長は考えたのだ。

「おお!高井君!本当に今までありがとうね。…で、どしたの?」

守山は少しビックリした表情をした。

「あの…チョッと良いですか…?」

「うん…良いけど、何?変に改まって。」

戸惑いつつも、少し無理して笑顔を作り答えた。

「実は、今度一緒にジャンヌダルクを見に行きませんか?」

「え…」

守山は少し固まったあと

「ジャンヌ?え?香川に来るの?絶対行くよ!行こう!行こう!どこ?」

急にテンション高く、矢継ぎ早に局長に問いかけた。

局長の頭の中には「?」が無限に浮かび続ける。

何よりこの決意を話しかける事だけで精いっぱい。

それ以上の何かに頭を回す余裕など持ち合わせて居たかったのだ。

局長脳内のポンコツCPUが「ヴィイイイイイイン」と音を立てて無理やり回り始める。

不意に夏休み前、6月のある出来事が浮かび上がった。

「MALICE MIZER」と言うバンドの圧倒的世界観に魅せられて以来ビジュアル系バンドに傾倒し続けていた局長は、当時「Dir en grey」と言うバンドに激ハマりしていた。

そして、当時発売されたばかりの「cage」と言うシングル曲がいかに素晴らしいかをタクヤに語っていた。

「激しい演奏の後、急に訪れるYOSHIKIのピアノラインがとてもドラマチックなんだよ。ああいう激しくドロドロした世界観でキーボードがキレイなビジュアル系って他になかったよな!」

さながら気分は「FOOL'S MATE」編集者だ。

その会話を聞いていた守山は「私の大好きなビジュアル系で、キーボードが素敵なバンドいるよ!つい最近メジャーデビューしたJanne Da Arcって言うバンドなんだけど…」と話に入ってきた。

その後、実際にこの「Janne Da Arc」なるバンドのインディーズアルバム「CHAOS MODE」を守山から借り、その音楽性にド嵌りした局長は、その後メジャーデビューシングル「RED ZONE」、次のシングル「Lunatic Gate」と聴き続けていたのだ。

「香川に来る。どこ?」と言う言葉は、このバンドの「Janne Da Arc」がツアーで来ると言う意味で理解した可能性が高い。

だがしかし局長が言っていたのは、敬愛するフランスの映画監督「リュック・ベッソン」の最新作「ジャンヌ・ダルク」が12月に日本公開されるので、それを見に行きませんかと言う意味だった。

リュック・ベッソン熱がゴリ高い状態の局長にとって「ジャンヌダルク」と言えば、リュック・ベッソンの最新作以外に考えられず、この瞬間にはバンド「Janne Da Arc」のことは頭の片隅をよぎりもしなかったのだ。

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや…違う違う。バンドじゃなくて、映画の方!リュック・ベッソンのヤツ!あれが、12月に日本公開になるので行きませんかって意味で…」

必死で否定する局長を見て、「あ…そっちのね…」と明らかにがっかりした表情を浮かべる守山。

少し間をおいて「良いよ。勉強ばっかりしてても疲れるから息抜きもしないとね」と返事をした。

「ありがとうございます!じゃあ、公開日の12月11日に!」

「丁度土曜日だから、いいね。どこの映画館行くの?」

「えと…じゃあ、宇多津の」

「分かった!じゃあ、現地集合で良い?」

「了解…っす!」

「誘ってくれてありがとね!じゃ、お疲れ。」

そう言うとくるりと向きを変え、守山は駅に向かい歩いて行った。

2人で映画を見に行く。

これは「デート」と言っていいだろう。

遠山美智子以来、1年ぶりのデートだ!

中学時代、他校の女生徒、遠山美智子との本屋巡りと言う名の苦行をデートだとカウントして譲らない。

そんな局長にとって、人生2度目のデート(本人の言い分)はこうしてあっけなく決まったのだった。

翌日からも普通に守山はトイレ裏に弁当持参で現れた。

「あの決意は何だったんだ…」と複雑な思いを抱きつつ、何気ない日常はそれからも過ぎていった。

運命の12月11日。

局長は、自身の考えうる最高にオシャンティな赤いチェックのシャツをGパンにインした状態で、宇多津の駅に降り立った。

その足取りは赤いシャツを着た事も相まって、いつもの3倍軽い。

宇多津にした理由は二つある。

一つは、ライブをした思い出の地であること。

もう一つは、敢えて高松を外すことで、他の一高生と出くわす事を割ける為だ。

駅で守山と合流した局長は、当時まだ存在していた宇多津ビブレと言う商業施設に併設された映画館に二人で向かった。

守山は普段の制服とは違うシャツと短めのスカート、その上からダッフルコートを羽織っていた。

どれだけオシャンティなシャツを選ぼうとも局長とは不釣り合いだっただろう。

流石に公開初日とあって、チケット売り場には長蛇の列が出来ていた。

見ようと思っていた時間帯は満席だったため、しょうがなく一つ後の時間帯を選び、チケット2枚分の金額を局長は支払う。

だが、守山に「そう言う訳にはいかないよ」と言われ、チケット代を渡されしまった。

守山の分も自分が出すつもりだったのに、それを受け取ってしまう自分に少しだけ自己嫌悪を抱く局長。

午後イチの時間だったため、どちらからでもなく「ご飯でも食べようか」と言う事に。

「あれ!?おい!」

不意に誰かから声をかけられた。

そんなバカな。宇多津くんだりまでわざわざ遠征してきたのに、ここで知り合いに会うなんて考えられない。

空気読めよ。

どう見てもデート中だろ。

無視する気満々で歩こうとする局長と対照的に、振り返った守山が「あれぇどうしたの?」と声をかけてしまった。

仕方なく振り返ると、そこに立っていたのはタクヤだった。

この2人はいつになっても絶望的に空気が読めない。

だからaikoとか好きなんだ。

心底うんこ野郎が。

カブトムシが。

甘い匂いに誘われてどっか行け。

心の中で毒づく局長。

「部長と局長!こんなところでなにしてるの?」

「何してるのってそれはオレが聞きてえよ馬鹿野郎!オレ達は映画見に来てるに決まってんだろうが!取り合えずそこのガラスに頭から突っ込んで死ね!」と、声に出さないまでも目で必死に訴えてみた。

だがタクヤはガラスに突っ込んで死なない。

どうやら局長の気持ちは届いていないようだ。

「ジャンヌダルクって映画を見たかったんだけど、高松だと知り合いに会うかもしれないし、せっかくだからライブをした宇多津で見ようかなと思って来たんですよ。そしたら、見た事ある後ろ姿がいるから…」

タクヤが説明をし、守山が「そうなんだぁ~私たちもその映画見に来たんだよ」と答える。

局長とタクヤ。2人の思考回路は全く同じだった。

「じゃあ一緒に見る?」と言う守山の提案に「良いっすね!どの時間ですか?オレもそのチケット買ってきますね!」そう言って、タクヤはチケット売り場に並んだ。

デート終了。

遠山美智子とのデートよりも短いわずか24分。

30分にも満たなかった。

「凄い偶然!でもこれじゃ、いつものお弁当と変わらないね。」

デート終了に意気消沈している局長を横目に、ケラケラと笑いながら守山が話しかけた。

施設近くにある「dear」と言うイタリアンレストランで昼食を取った後、そのまま3人で仲良く映画鑑賞をした。

ダッフルコートを脱いだ守山に対して局長が「結構おっぱい大きいな」と、いやらしい目で撫でまわしていた事は内緒。

室内だったのに途中でコートを羽織り直した守山には、きっとその視線がバレバレだっただろうけど、内緒としておこう。

映画は序盤にいきなり兵士がジャンヌの姉をレイプするシーンが流され「なんて映画に誘ってしまったんだ…」とチョッと後悔しつつも、流石の映像美と演出、スケール感、リュック・ベッソンなりのジャンルダルクの解釈に呆然自失のまま、気が付くとエンドロールが流れていた。

「何か知らない監督だったけど、思ってたより全然面白かった!フランス映画って考えたら初めてかも!」

興奮気味に感想を語る守山。

「リュック・ベッソンって言う監督さんなんですけど、映像美がやっぱりすごくて、画角内で世界観を構築するのがうまいんですよ。」

知ったかぶってうんちくを語る局長。

「この前金曜ロードショーでフィフスエレメント見たよ。あれもかなり面白かったな。」

俗物のようなどうでも良い話をするタクヤ。

結局、デート(のようなもの)は普通に仲のいい奴との映画鑑賞になってしまったが、局長は3人のいい思い出だと必死で言い聞かせ、何とか納得させようと奮闘していた。

果たしてこの奮闘に意味があったのかは、誰にも分からない。

3時間近い映画が終わり外に出ると、季節も相まって空が赤茶けていた。

「うわ~赤いなぁ」

「12月になると日が暮れるの早いですよね」

手をおでこにあて目を細めながらタクヤが話す。

「トイレ行ってくる。」と、局長は少しだけ2人から離れた。

戻ってくると、タクヤがニヤニヤしながら「なるほどねぇ~」と守山と話している。

局長は「何?何の話してたの?」と聞いてみたが、守山は「いや…チョッとね…」とお茶を濁し、タクヤは「まぁ、良いじゃないか」と話してくれない。

「取り合えず帰ろうぜ」とごまかしながら歩き出すタクヤについて、局長は腑に落ちないまま歩き出した。

守山もそれに続く。

「どうしても教えてくれない?」

3人で歩きながら、必死で何度も聞きこむ局長に対して、「いやぁ。これは言えないなぁ~」ニヤニヤとそう返答するタクヤ。

「何だよそれ!ふざけんなよ!」

3人が信号待ちをしている夕暮れの国道沿いに局長の怒号が鳴り響いた。

そもそも今日は2人で来るはずだったのに、途中で割り込んできたタクヤ。

そのタクヤが守山と2人だけで何かを話して、あまつさえその内容を自分に対して隠している。と言う現状に、局長は我慢が出来なくなったのだ。

「え…チョッと、高井君落ち着いて…」

急な事におどおどと動揺し始める守山。

「お前、なんでキレてるんだよ。うるさいよ。別に怒鳴る事じゃないだろう」

たしなめようとするタクヤに対して局長は「怒鳴る事だよ!」と被せるように叫んだ。

「大体、いつもお前はそうなんだよ。オレをおもちゃにしてそりゃあ楽しいだろうな。」

「オレがいつお前をおもちゃにしたんだよ。」

「じゃあ、何で言わないんだよ」

「それとこれは関係ないだろうが。あぁ、お前がそういう態度なら絶対言わない!」

「どうせ言うつもりなかったくせに」

「言おうと思っていたけどな。お前がそんな態度なら絶対言わないよ!」

「何だ!お前、aiko好きなくせに!」

「aikoが今関係あるのか?!」

「カブトムシとかクソどうでも良い歌詞ありがたがりやがって!」

「お前ふざけんなよ!カブトムシは名曲なんだよ!」

「迷う方の迷曲な!」

「おまええええええええええええええええ!!」

「ほげぇええええええええええええええええ!!」

2人はどんどんヒートアップしていく。

二人の感情はコップの中の水が臨界点を超えて溢れ出すように止まらない。

その状態をおろおろと見る事しかできない守山。

「もういい!そもそも今日、お前と会う予定なかったからな!」

そう言うとタクヤは一人、建物の中に戻っていった。

「なんだ馬鹿野郎!こっちのセリフだ!」

局長は往年の荒井注のようなセリフをタクヤの後ろ姿に吐き捨てた。

タクヤが立ち去った後、信号が何度も赤と青を繰り返す中、ただ立ち尽くす局長と守山。



……

………

しばらくの沈黙。

「あの…そろそろ電車の時間だから行かなくちゃ…」

守山が沈黙を破り呟く。

「あ…じゃあ、駅まで送っていきますよ…」

2人で駅まで歩いた。

ほてほてほてほてほてほてほてほてほてほてほてほてほてほてほてほてほてほて。

勿論会話はない。

どれだけ頭を働かせても、今のこの瞬間に出来る会話など浮かんでこなかった。

駅につき、いつもの定期と追加分の料金キップを買った守山は「ここまででいいよ」といい、改札に入っていく。

途中、ぴたっと足を止めてクルっと振り向き

「最後はあれだけど、今日は楽しかった。いい気分転換になったよ。ありがとう。さっきの話だけど、高井君が凄く演劇を頑張ってくれて嬉しかったって話だったんだよ。なんか照れくさくて…ゴメンね。」

無理に作った笑顔でそう話すと、構内へと消えていった。

守山がお茶を濁した理由も、タクヤがニヤニヤしながら話さなかった理由も何となく理解できた。

その上で、自分は何て浅はかな事をしてしまったのか…

強烈な後悔が局長を襲い掛かる。

いつもそうだ。

いつもこうなってしまう。

例え仲良くなれたとしても、例え認めてもらえたとしても、結局は自分で馬鹿な事をして、それを全て壊してしまう。

タクヤとの喧嘩はいつもの事。

内容もいつも通りの事だ。

おそらく明日学校に行けば、喧嘩した事実などなかったように、いつも通り一緒にいるだろう。

ただ、今日は守山を巻き込んでしまった。

あんな事で怒鳴ってまで、あの場所でタクヤと喧嘩する必要があったのか。

いくら考えようとしても、答えは初めから出ている。

守山から語られた内容を喜ぶより前に、強い自己嫌悪感と罪悪感にが全身を覆い尽くす。

微動だに出来ないまま、しばらく駅で座り込んだあと、ふらっと立ち上がった局長はとぼとぼ切符売り場へと向かった。

そのまま自分のキップを購入、タクヤを放置してそのまま電車に乗り込んだ。

翌日、当たり前のようにタクヤと局長は仲直りし、昨日別れた後、タクヤが近くのブックオフで見知らぬおっさんに「Dr.スランプ」が如何に革新的な漫画だったのかについてずっと解説されたと言う話で馬鹿笑いした。

ただその日以降、昼休みのトイレ裏に守山は現れなくなったのだった。

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