ひとときの暗がり
作:しもたろうに
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全国高等学校総合文化祭。
通称「総文祭」は、文化部の部活動におけるインターハイのようなものだ。
演劇部にとっても、一年で最も大切な舞台だと言っても過言でもない。
9月の終わりにから、その最も大切な舞台の為に準備してきた。
そして今日、いよいよその本番を迎える。
総文祭では、まず地区予選があり、地区予選後、都道府県大会を突破すると全国大会がある。
地区予選では、地区ごとに指定された県内の会場で、数日に渡りその地区内にある高校の演劇部が順次演劇公演を行う。
一つの学校が劇を発表すると、片付けと次の学校の準備のため一旦、閉場し2時間ほど時間を空けて再度開場する。
それを数日にわたり繰り返し、全演劇部の発表が終わるると、審査員がそれぞれの学校に対して評価を行う。
そして、最も評価の高かった高校が全国大会にコマを進める。と言った流れだ。
局長が通う「ニュース第一高等学校」通称「一高」演劇部は、地区予選2日目、昼一番の出番だった。
早めの昼食を取った演劇部面々が会場入りし、控室で各々の準備を始めた。
タクヤと赤城は、初めての会場なので、照明設備の確認をしに出ていった。
音響担当の藤本は昨年も、同じ会場で音響を担当していたらしく、ある程度の事は分かっているらしい。
「みんな。今日まで本当にお疲れ様。まだ完全とは言えないかもしれないけど、かなり良い劇が出来たと思います。最後は、楽しんでいこうね。」
準備中の全員に聞こえるように大きい声で守山明美が声をかける。
「はぁ~い!」
最後の確認をしていた白石加奈が手を上げて大きく返事した。
「頑張ります…」
一緒に確認していたムラヤンは自信なさそうに呟く。
「高井君、バミテ確認したいから、チョッと舞台来てくれる?」
黒崎が、局長に声をかけてきた。
バミテとは、大道具の位置や、暗転後の各役者の立ち位置を記したバミテープの事。
暗くなるとうっすらと光り、その光を目印に大道具などを配置していく。
ちなみに、このバミテをセットすることを「バミる」と言ったりもする。
局長はステージに立ち、一つ一つのバミテの位置を確認していく。
今回の会場もなかなか広いが、先日のライブと比べると全然大したことはない。
普通の市民会館だ。
むしろ、ステージの大きさを見て、緊張は少しずつ弛緩していった。
「組長!ついでに、音響確認しておくから音出して。」
音響ブースに居た藤本に黒崎が声をかけた。
OKマークをした藤本は、序盤のBGMを流し始めた。
「高井君。確認のために、客席にきてよ。」
黒崎はステージに立っている局長を客席に呼び寄せる。
「審査員のおっちゃんがここに座るから、ここを基準にして音の感じ確認するといいよ。」
初めての事で良く分かっていない局長に、黒崎は丁寧に説明を続けた。
「ここから見たら、意外と長老の木が真ん中過ぎて邪魔かも知れないですね…」
「そう言えば確かに…チョッとバミテ下手側にずらしておくね。」
客席に座った局長は、細かい指示をしながら、黒崎と最後の確認を行った。
本来なら、この作業は監督の守山が行うべきだ。
だが、高校3年生の守山は、今回の舞台で演劇部を引退し、自身の受験勉強に入る。
そのため敢えて、次の部長になるであろう黒崎と、その次の部長候補にと考えていた局長に当日の流れと確認作業を任せることにしたのだ。
黒崎は事前に守山からその事を伝えられていたが、そんな事を知る由もない局長は「この作業はオレじゃなくて、部長がやるべきだろう」と暗にささくれつつ確認作業を進めていた。
確認作業を終えて、控室に戻ると他のメンバーも準備を終えていた。
局長と黒崎もいそいそと、付喪神の衣装を身にまとう。
「あ…え~と…じゃあ、守山さん…そろそろ時間だから行こうか。」
普段1ミリも存在感のない演劇部顧問の通称「てっちゃん」がニヤニヤとしながら守山に声をかけた。
「はい。よぉ~し、じゃあ、みんな!楽しんでね!」
守山はもう一度、そう皆に声をかけると、控室を出て歩き出した。
局長作、守山演出の全国高等学校総合文化祭出品作品「付喪神」がいよいよ開演するのだ。
ちょっと不思議な和風BGMが会場に流れ、しばらくして、ウルオと守山がステージに出てきた。
守山が後から付け足した「付喪神」の噂話をしつつ、設定を説明するシーンだ。
順調に劇は進んでいった。
途中、暗転。
暗転時には、付喪神長老が憑りついていると言う、とある神社の御神木を舞台セットとして出す事になっていた。
部員の少ない一高演劇部は、舞台セットの設置を役者たちが行わなければいけない。
大道具と小道具を所定の位置に設置し、自分たちの立ち位置のバミテの場所に移動して初めて明転する。
そのため、どうしても普通より少し場面転換に時間がかかってしまう。
「早く!早く!」
局長が小声で指示を飛ばす。
大きな御神木のセットが完了し、何とか明転した。
この御神木の大道具は、守山、タクヤ、局長が苦心惨憺して作り上げた自慢の逸品。
ただ、頑張りすぎて想定より大きく、重くなってしまっていた。
劇自体は、滞りなく順調に終わることが出来た。
最後のカーテンコールを行うと、関係者、審査員、そして一般のお客さんと言う名の自分たちの親族から盛大な拍手が上がった。
局長にとって、人生で初めて自分の考えた物語が公に発表されたのだ。
あくまでも出品作品であり、見た人は関係者と審査員、あとは演劇部の親族だけと言う限りなく公とは言い難い状態ではある。
だが、それでも自分の作り上げた物語が世に出たことは間違いない。
役者が全員控室に戻っている中、守山と局長は2人で舞台に張り付けたバミテをはがし、小道具などの整理を行っていた。
「本当はこのあと、反省会とかしても良いと思うんだけど…さすがに、今日はみんな疲れてるよね。」
「でしょうね。」
「反省会は、明日の部活の時間にしようか。明日で演劇の地区予選は終わりだし。全校の公演が終わったら、その後、各校の総評があるんだよ。」
「へぇ~そんな感じなんですね。」
「あたしが明日それを聞いてくるから、その評価も含めた反省会を部活の時間にやろう。」
「良いっすよぉ~」
「いや、しかし、本当にいい劇が出来て良かった。高井君のお陰だよ。これで心置きなく引退できるってもんさ。」
「え?…?」
突然の事に、一瞬局長の手が止まる。
「いやいや。もう11月だからね。そろそろ勉強しないと。総文祭の公演が終わったら毎年3年生は引退なんだよ。あれ…もしかして、知らなかった?」
「ええぇ…そうなんですか…」
「一応、大学行く為には勉強しないと。だよ。ただでさえバカなのに、さすがにここ2ヶ月ぐらい演劇頑張りすぎちゃってね…ぶっちゃけ、結構ヤバイんだ…」
そう言うと、守山は乾いた笑いを浮かべた。
「次の部長は、くーちゃんにお願いしようと思ってるから。高井君もくーちゃんと頑張ってね。」
最後のバミテを剥がし終えた守山は「戻ろうか」と局長に声をかけた。
あまりにも唐突に告げられた守山引退の事実に、目の前の景色が歪んで見える。
何とか守山について歩いてはいたが、地面がトランポリンの様にふわふわとしているように感じた。
考えてみれば当たり前。
高校3年の守山がいつまでも部長でいるはずがない。
11月に入っている。
寧ろ、受験勉強を始めるには遅すぎる位だ。
この総文祭の為、守山が志望大学の推薦入試を諦めていた事を、局長は後から知る事になる。
それくらい守山はこの総文祭の公演に全力投球していたのだ。
ただ、どこまでも自分本位な局長にとって、そんな事はどうでも良かった。
やっと自分の居場所になりそうだった演劇部。
そして演劇部において我儘な自分と他の部員をかろうじて結び付けてくれたのが外ならぬ守山だと言う事は、いくら愚鈍な局長でも理解していた。
今の状態で、守山がいなくなったらどうなるのか。
確実に「砂漠の砂鉄」扱いに戻ってしまうだろう。
そして、結局鬼のような爪弾きの末に自分の居場所はなくなってしまう。
童貞を捨てるなど夢のまた夢。
大切な穴たちが、自分の手からするりと逃げていくように感じた。
やはり自分はそういう運命にある。
控室に戻り、タクヤやムラヤンが声をかけてきたが、何を話したか全く記憶がなかった。
どうやって会場から戻ってきたのか、誰とどんな話をしながら戻ってきたのか、何も覚えていない。
深夜ふと目が覚めた時、窓の外に少しだけ濁った色の満月が見えた。
濁った月の色が本当に濁っていたのか、夢だったのか、局長の気分によるものなのか、それは誰にも分からない。
その濁った月だけが妙に印象的な夜、局長は守山に対してとある事を決意した。
通称「総文祭」は、文化部の部活動におけるインターハイのようなものだ。
演劇部にとっても、一年で最も大切な舞台だと言っても過言でもない。
9月の終わりにから、その最も大切な舞台の為に準備してきた。
そして今日、いよいよその本番を迎える。
総文祭では、まず地区予選があり、地区予選後、都道府県大会を突破すると全国大会がある。
地区予選では、地区ごとに指定された県内の会場で、数日に渡りその地区内にある高校の演劇部が順次演劇公演を行う。
一つの学校が劇を発表すると、片付けと次の学校の準備のため一旦、閉場し2時間ほど時間を空けて再度開場する。
それを数日にわたり繰り返し、全演劇部の発表が終わるると、審査員がそれぞれの学校に対して評価を行う。
そして、最も評価の高かった高校が全国大会にコマを進める。と言った流れだ。
局長が通う「ニュース第一高等学校」通称「一高」演劇部は、地区予選2日目、昼一番の出番だった。
早めの昼食を取った演劇部面々が会場入りし、控室で各々の準備を始めた。
タクヤと赤城は、初めての会場なので、照明設備の確認をしに出ていった。
音響担当の藤本は昨年も、同じ会場で音響を担当していたらしく、ある程度の事は分かっているらしい。
「みんな。今日まで本当にお疲れ様。まだ完全とは言えないかもしれないけど、かなり良い劇が出来たと思います。最後は、楽しんでいこうね。」
準備中の全員に聞こえるように大きい声で守山明美が声をかける。
「はぁ~い!」
最後の確認をしていた白石加奈が手を上げて大きく返事した。
「頑張ります…」
一緒に確認していたムラヤンは自信なさそうに呟く。
「高井君、バミテ確認したいから、チョッと舞台来てくれる?」
黒崎が、局長に声をかけてきた。
バミテとは、大道具の位置や、暗転後の各役者の立ち位置を記したバミテープの事。
暗くなるとうっすらと光り、その光を目印に大道具などを配置していく。
ちなみに、このバミテをセットすることを「バミる」と言ったりもする。
局長はステージに立ち、一つ一つのバミテの位置を確認していく。
今回の会場もなかなか広いが、先日のライブと比べると全然大したことはない。
普通の市民会館だ。
むしろ、ステージの大きさを見て、緊張は少しずつ弛緩していった。
「組長!ついでに、音響確認しておくから音出して。」
音響ブースに居た藤本に黒崎が声をかけた。
OKマークをした藤本は、序盤のBGMを流し始めた。
「高井君。確認のために、客席にきてよ。」
黒崎はステージに立っている局長を客席に呼び寄せる。
「審査員のおっちゃんがここに座るから、ここを基準にして音の感じ確認するといいよ。」
初めての事で良く分かっていない局長に、黒崎は丁寧に説明を続けた。
「ここから見たら、意外と長老の木が真ん中過ぎて邪魔かも知れないですね…」
「そう言えば確かに…チョッとバミテ下手側にずらしておくね。」
客席に座った局長は、細かい指示をしながら、黒崎と最後の確認を行った。
本来なら、この作業は監督の守山が行うべきだ。
だが、高校3年生の守山は、今回の舞台で演劇部を引退し、自身の受験勉強に入る。
そのため敢えて、次の部長になるであろう黒崎と、その次の部長候補にと考えていた局長に当日の流れと確認作業を任せることにしたのだ。
黒崎は事前に守山からその事を伝えられていたが、そんな事を知る由もない局長は「この作業はオレじゃなくて、部長がやるべきだろう」と暗にささくれつつ確認作業を進めていた。
確認作業を終えて、控室に戻ると他のメンバーも準備を終えていた。
局長と黒崎もいそいそと、付喪神の衣装を身にまとう。
「あ…え~と…じゃあ、守山さん…そろそろ時間だから行こうか。」
普段1ミリも存在感のない演劇部顧問の通称「てっちゃん」がニヤニヤとしながら守山に声をかけた。
「はい。よぉ~し、じゃあ、みんな!楽しんでね!」
守山はもう一度、そう皆に声をかけると、控室を出て歩き出した。
局長作、守山演出の全国高等学校総合文化祭出品作品「付喪神」がいよいよ開演するのだ。
ちょっと不思議な和風BGMが会場に流れ、しばらくして、ウルオと守山がステージに出てきた。
守山が後から付け足した「付喪神」の噂話をしつつ、設定を説明するシーンだ。
順調に劇は進んでいった。
途中、暗転。
暗転時には、付喪神長老が憑りついていると言う、とある神社の御神木を舞台セットとして出す事になっていた。
部員の少ない一高演劇部は、舞台セットの設置を役者たちが行わなければいけない。
大道具と小道具を所定の位置に設置し、自分たちの立ち位置のバミテの場所に移動して初めて明転する。
そのため、どうしても普通より少し場面転換に時間がかかってしまう。
「早く!早く!」
局長が小声で指示を飛ばす。
大きな御神木のセットが完了し、何とか明転した。
この御神木の大道具は、守山、タクヤ、局長が苦心惨憺して作り上げた自慢の逸品。
ただ、頑張りすぎて想定より大きく、重くなってしまっていた。
劇自体は、滞りなく順調に終わることが出来た。
最後のカーテンコールを行うと、関係者、審査員、そして一般のお客さんと言う名の自分たちの親族から盛大な拍手が上がった。
局長にとって、人生で初めて自分の考えた物語が公に発表されたのだ。
あくまでも出品作品であり、見た人は関係者と審査員、あとは演劇部の親族だけと言う限りなく公とは言い難い状態ではある。
だが、それでも自分の作り上げた物語が世に出たことは間違いない。
役者が全員控室に戻っている中、守山と局長は2人で舞台に張り付けたバミテをはがし、小道具などの整理を行っていた。
「本当はこのあと、反省会とかしても良いと思うんだけど…さすがに、今日はみんな疲れてるよね。」
「でしょうね。」
「反省会は、明日の部活の時間にしようか。明日で演劇の地区予選は終わりだし。全校の公演が終わったら、その後、各校の総評があるんだよ。」
「へぇ~そんな感じなんですね。」
「あたしが明日それを聞いてくるから、その評価も含めた反省会を部活の時間にやろう。」
「良いっすよぉ~」
「いや、しかし、本当にいい劇が出来て良かった。高井君のお陰だよ。これで心置きなく引退できるってもんさ。」
「え?…?」
突然の事に、一瞬局長の手が止まる。
「いやいや。もう11月だからね。そろそろ勉強しないと。総文祭の公演が終わったら毎年3年生は引退なんだよ。あれ…もしかして、知らなかった?」
「ええぇ…そうなんですか…」
「一応、大学行く為には勉強しないと。だよ。ただでさえバカなのに、さすがにここ2ヶ月ぐらい演劇頑張りすぎちゃってね…ぶっちゃけ、結構ヤバイんだ…」
そう言うと、守山は乾いた笑いを浮かべた。
「次の部長は、くーちゃんにお願いしようと思ってるから。高井君もくーちゃんと頑張ってね。」
最後のバミテを剥がし終えた守山は「戻ろうか」と局長に声をかけた。
あまりにも唐突に告げられた守山引退の事実に、目の前の景色が歪んで見える。
何とか守山について歩いてはいたが、地面がトランポリンの様にふわふわとしているように感じた。
考えてみれば当たり前。
高校3年の守山がいつまでも部長でいるはずがない。
11月に入っている。
寧ろ、受験勉強を始めるには遅すぎる位だ。
この総文祭の為、守山が志望大学の推薦入試を諦めていた事を、局長は後から知る事になる。
それくらい守山はこの総文祭の公演に全力投球していたのだ。
ただ、どこまでも自分本位な局長にとって、そんな事はどうでも良かった。
やっと自分の居場所になりそうだった演劇部。
そして演劇部において我儘な自分と他の部員をかろうじて結び付けてくれたのが外ならぬ守山だと言う事は、いくら愚鈍な局長でも理解していた。
今の状態で、守山がいなくなったらどうなるのか。
確実に「砂漠の砂鉄」扱いに戻ってしまうだろう。
そして、結局鬼のような爪弾きの末に自分の居場所はなくなってしまう。
童貞を捨てるなど夢のまた夢。
大切な穴たちが、自分の手からするりと逃げていくように感じた。
やはり自分はそういう運命にある。
控室に戻り、タクヤやムラヤンが声をかけてきたが、何を話したか全く記憶がなかった。
どうやって会場から戻ってきたのか、誰とどんな話をしながら戻ってきたのか、何も覚えていない。
深夜ふと目が覚めた時、窓の外に少しだけ濁った色の満月が見えた。
濁った月の色が本当に濁っていたのか、夢だったのか、局長の気分によるものなのか、それは誰にも分からない。
その濁った月だけが妙に印象的な夜、局長は守山に対してとある事を決意した。
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