新都社×まんがおきば連携作品

ひとときの暗がり

作:しもたろうに [website]

高校一年生 - (17)ハコフグ

夏休み最終週。あと数日で新学期が始まると言うある夜。

局長の家の電話が鳴った。

「電話よぉ~」と母親に呼ばれて、局長は電話のある階下に向かう。

当時まだ携帯電話は一般的に普及しておらず、連絡は専ら自宅に電話して「○○くん(さん)お願いします」と繋いでもらっていた時代だ。

局長が出た電話先にいたのは、先日のライブ「ティーンズライブフェスタ」を主催したYAMAHA楽器の吉岡だった。

「あ。高井君?ちょっと今良い?」

以前の打ち合わせの時より明らかに高いテンションで、吉岡は話し始める。

「先日のライブ。お疲れ様。すごくよかったよ!」

「あぁそうですか…ありがとうございます…」

「それでね。今日電話した理由なんだけど、私がよく一緒にイベントを企画している『ハコフグ』ってイベント会社があるんだよ。それでぇ、今度10月の25日に『ハコフグ』とうちでライブイベントをするんだ。」

「はぁ…」

「この前のライブをその『ハコフグ』のスタッフも見ていたんだけど、ぜひ高井君のバンドに、そのライブイベントの注目の新人バンドコーナーに出てほしいんだって。それで電話したんだよ。」

「え…?」

突然の話に、局長は困惑した。

「あのライブの最後に15秒くらいでやった曲あったでしょ。そのスタッフがね『あんなの見たことない。面白いことしてるバンドだから是非!』って。すごく褒めていたよ。高井君のバンドの事。」

「あ…あの…どんなライブなんですか?」

「あぁそっか。そうだよね。そのイベントは県内で活動している色んなバンドが集まるイベントで、社会人バンドとかもいっぱい出て1日かけてやるライブイベントなんだ。高井君のバンドの持ち時間は大体30分くらい。場所は、宇多津にあるゆーぷらざってところ。キャパは1000人くらいのホールなんだけど…宇多津って行ったことある?」

「一応、行ったことありますよ…って、は?え…30分…1000人?いや、僕たちこの前初めてライブしたばっかりなんですけど…」

「でもこの前のライブの時に、他にもオリジナル曲が何曲かあるって言ってたでしょ。大丈夫だよ30分でも!」

「いや…その前に1000人って…」

「あぁ~大丈夫大丈夫。どうせ、いつも満員にはならなくて、多くても600人くらいだから。」

「いや…600人って…」

「あとね、一応こちらから依頼してる形だし、高井君たちまだ高校生だから凄く申し訳ないんだけど参加費で10,000円お願いしてもいい?前と同じで、チケット20枚渡す感じで…。」

「え…いや、チョ…チョッと待ってくださいよ。」

「大丈夫大丈夫!前のライブも盛り上がっていたし、全然大丈夫。じゃ、みんなで考えてみてね。あ!早めに連絡くれると嬉しいな。じゃあね。」

そういって、吉岡は一方的に電話を切った。

突然の話に、局長の頭の中は尋常ではなく混乱していた。

ただ、一つだけ分かったことがある。

この前のライブが評価された。と言う事実である。

タクヤを無理やり説得して、オリジナル曲だけで挑んだあのライブが評価され、次のライブのオファーを貰うことが出来た。

冷静になって考えると、どう贔屓目に見てもライブに参加するバンドを集めるための方便にしか聞こえないのだが、局長にとっては思いもかけない形で自分の作品が認められたように感じたのだ。

認められていた部分も、曲自体のクオリティーや演奏技術ではなく、面白い事をしていると言う奇抜さの一点突破だったのだが、それさえも局長の思考をよぎりもしない。

「自分の作品が認められた」と言う嬉しさ以外の感情はそこには存在しなかった。

いきなりの話で戸惑いはしていたものの、局長の中ですでに結論は出ている。

こんなうれしい事を言われてライブに出ない理由はない。

ただ、今度の持ち時間は30分。しかも、お客さんは前のライブの20倍以上。参加費は10,000円。

認められた(と思っている)以上、もちろん全曲オリジナルでやりたい。

問題は、シータのメンバー(主にタクヤ)をどうやって説得しようかと言う事だ。

今現在、バンド内でのイニシアチブを完全にタクヤに握られている上に、今度の文化祭でのライブを全曲コピーでやる。

もしライブが成功すれば、タクヤはこのライブでもコピー曲をやろうとするだろう。

せっかく認めてもらえたのにここでGLAYのコピー曲なんてやったら「なんだ。結局その程度か。」と失笑されて終わるような気がしていた。

「全曲オリジナルとか、凄いバンドだ」とぜひ言ってもらいたい。

局長の承認欲求は、限界を突破しようとしていた。

コピー曲をするバンドを見下しているとかそう言う話では決してない。

ただ、どうしても人と同じことをやると言う行為に拒否感を持っている局長にとっては、自分がコピー曲を演奏すると言う事自体に何とも言えない嫌な気持ちがあったのだ。

そうなってくると、もうひとつ問題がある。

どう考えても、曲が足りない。

シータの持ち曲で、現状まともに演奏できるのは「森を抜けた先にある闇(アップテンポver)」と「スーパーフィニッシュ」の2曲のみ。

他に、演奏不可能になっている「恋人たちは地獄に落ちろ~BAD LOVE~」と、局長が書き溜めていた「楽しい日々は過ぎ去りて」「糧となる者たち」があるにはあったが、どれもすぐにどうこう出来る状態ではない。

新しく曲を作るとしても10月と言う事は2か月チョッと。その間に、何曲オリジナル曲を作ればいいのか…

ただ、この点については絶望ではなくむしろ異常なまでの創作意欲として、逆に燃え盛っていた。

急激にモチベーションが上がっていくことを感じつつ、この話を早くタクヤに話したくて我慢できない。

だがしかし、局長は「人に電話をかける」と言う行為が尋常ではなく苦手だった。

そして、今は夏休み。

タクヤにこの話をするためには、演劇部の練習に顔を出すこと以外の方法が局長には残されていなかった。

「行くか。明日…」

意を決して局長は小さくつぶやいた。

前回の練習参加から1週間以上経っている。

タクヤに電話をかける方がよっぽど精神的苦痛が低いようにも思えたが、それでも局長は翌日、演劇部の練習に参加する方を選んだ。

普段電話を絶対にしないため、電話をかけると言う行為そのものが頭に浮かばなかった事も事実ではあるが、その裏で実は演劇部の練習に参加するきっかけを探している節があったのかもしれない。

その夜は喜びと不安の両方のドキドキで眠れなかった。

オナニーをしてもやっぱり眠れない。

しょうがなくごそごそ布団から這い出してきた、局長はティッシュのこびり付いたイカ臭い手で、日頃思いついたネタをメモしているメモ帳を引っ張り出してきて机の前に座った。

深夜の力と賢者タイムを利用した局長の頭の中には無限ともいえる言葉があふれ出し、そのまま一気に「ランナウェイ」「始まりの終末~ファーストエンド」「街灯の光」「約束の場所で」の4つの歌詞を書き上げたのだった。
パースがあまりにも変になってた方です。せっかくなので、おまけ的に載せておきます。

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