ひとときの暗がり
作:しもたろうに [website]
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今演奏している曲は中学生の文化祭、初めてのライブで演奏した曲だ。
前出のおそらく、当時日本で最も人気のあるバンドのひとつであったであろう「GLAY」の大名曲「HOWEVER」である。
なぜこの曲を選んだかと言うと、何の事はない。
実質の所、現在の「シータ」メンバーの実力を鑑みるに オリジナル曲は100万年早かったのだ。
ただでさえ圧倒的技術不足なうえに、音を合わせること自体が数カ月ぶりと言う体たらくで、いきなりオリジナル曲を作り始めるなどできるはずがない。
だからそこ、肩慣らしは他人のふんどしで。と言うことだった。
局長には、昔から断固として譲れない事柄がある。
「人と同じ事をしたくない」
局長はどう言う訳か、昔から人と同じ事をする事に異常な抵抗があった。
学校の行事や勉強、当り障りの無い会話、全てが嫌で嫌で仕方が無かったのだ。その結果、恋人はおろか友人さえおらず、いじめられているクラスメイトにすら「相手にしてもらえている」と言う羨望の眼差しを向けるほどに、クラス内で浮いた存在になっていた。自業自得である。完全に。
局長は幼い頃から、ピアノを習っていたが、その教材となる「バイエル」を楽譜通りに弾く作業も局長にとっては、それはもう本当に耐えがたいものに思えて仕方が無かった。
1つのメロディーがあったとする。
そのメロディーの終わりが、下がって終わるより、自分の中では上がって終わった方がスッキリする。
それでも、書かれてあるものを弾く時には、その衝動を我慢して下がった音で弾かなければいけない。
それが酷く苦痛だったのだ。
一事が万事。全てにおいて言える事だった。
そしてその度に局長は、オリジナルを求めた。
マンガを読んでも、ストーリ-に納得がいかないから、自分で納得のいくストーリーのマンガを描く。
音楽を聴いても、メロディーに納得いかないから、自分で納得のいくメロディーラインの曲を作る。
会話をしていても面白みを感じないから、無駄な奴とは会話をしない。
勉強なんて誰でも時間をかければできるから、勉強なんてしない。
最後のひとつは、さぼりたい為の言い訳だったかもしれない。
とにかく、だからこそ中学生当時もバンド結成2か月ですでにオリジナル曲を作ると言う暴挙に出ていた。
プロのコピー曲を練習して基本を踏まえた上でオリジナルの曲を作っていくと言う、至極一般的でおそらくは最も正しい考えを持つタクヤとは何度もその事でぶつかった。
結果、コピー曲1つ。オリジナル曲1つ。というセットリストで中学生時代の初ライブをこなした。
以上のことから、今回もやはりオリジナルで行こう。と言う、局長の2時間にも及ぶ説得と言う言う名の洗脳の時間を経て、「シータ」としての初ライブは「シータ」オリジナルの曲で挑もうと言う事になった訳だ。
そんな実力は無い・・・そんなことは分かり切っていた。それでも、絶対にここは譲れないと言う断固折れる事のない局長にタクヤが最終的に根負けした部分が大きかったかも知れない。
タクヤは最後に「でも、練習はちゃんと編曲されてる人の楽曲でやって演奏力は高めていこう」と提案し、局長もそれには従う事にした。
もっとも局長がその編曲を譜面通りに演奏することはないのだけれども。
「GLAY」の「HOWEVER」、さらに「誘惑」「BELOVED」「Believe in Fate」「soul love」と言う素晴らしすぎる黄金のふんどしでシータは相撲を取り続けた。
この段階で、ライブまで残り3週間と少し。
ライブの日程ははお盆明けの8月17日だ。
「シータ」の5人は学校が終われば極力集合、土日はずっと練習すると言うこれまでにないペースで活動していた。
もうじき夏休みに入る。
夏休みに入れば、さらに練習の時間を取ることもできるだろう。
練習の内容は、前半は「GLAY」の曲のコピー、後半はオリジナル曲のブラッシュアップと決まっていた。
1つ問題がある。
「シータ」のオリジナル曲は現在前出の「恋人たちは地獄に落ちろ~BAD LOVE~」と「森を抜けた先にある闇」 の2曲だ。
静かに聴かせるような実力の無い「シータ」としてはアップテンポな曲をやりたいのだが、この2曲のうちアップテンポな方の「恋人たちは地獄に落ちろ~BAD LOVE~」はデモテープこそ残っているものの、演奏すること自体が不可能になっていた。
「シータ」では誰もまともに楽譜を書くことができない。もちろんデモテープから耳コピで音を探して採譜するなどもっての他な訳で、記憶のかなたに消えていった楽曲を演奏することなどできるはずもなかったのだ。
もう一つの「森を抜けた先にある闇」の方は、辛うじて局長とタクヤが断片的に記憶しており、ウルオのドラムと啓司がギターを新しく追加すれば、何とかなる可能性はあった。
ただ、「森を抜けた先にある闇」はキーボードの局長が独壇場になるバラードだ。
初めてのライブでいきなり素人の下手くそなキーボードをバックにしっとりしたバラードなど聞くに堪えなことは火を見るより明らかな話である。
問題はすぐに解決した。
「んじゃ、森を抜けた先にある闇をアップテンポにしてみない?」
提案したウルオは、少し前カラオケでバラードをテンポアップさせればカッコ良いロックになる。と言う良く分からない発見をしており、そのことをメンバーに言って聞かせた。
実際にBPM92だった「森を抜けた先にある闇」をBPM160くらいで演奏してみると、想定より悪くないものだった。(少なくとも、シータのメンバーはそう信じて疑わなかった。)
編曲作業が始まる。
「シータ」の編曲作業は、誰がどう考えても摩訶不思議なものだった。
まず作曲者(今回の場合、局長)が主線となるメロディーラインとコード進行をメンバーに伝える。
そして、それをもとにそれぞれが自分のパートを考え作っていき、最後に、せ~ので一緒に演奏してみると言う・・・よく言えば放任主義、悪く言えば超個人主義な作り方。
誰もが演奏上の「おかず」を入れたくなるBメロ終わりからAサビに入る小ブレイク2小節で、ウルオがドラム回しを行い、タクヤと啓司が「ぎゅい~ん」と「ぶ~ん」とそれぞれスライド奏法を行う中で、局長がアクセントにメロディーを追加する。
みんなボーカルが止まるその2小節で自分の楽器の何かをやりたいと思うのは仕方がないことかもしれない。
だとしても、こんなやり方でバランスの取れた楽曲が作れるわけが無い。
結果、シータの楽曲は、酷くチグハグな構成になっていた。
勿論、「森を抜けた先にある闇(アップテンポver)」も例外なくチグハグである。
バラードのイメージが抜け切れていない音が少なく音程を上下するタクヤのベース。
スピードアップしたためにアルペジオが過剰にも聞こえる局長のキーボード。
何をやったらいいのか分からなくて、取り合えずコード通りに8ビートのストロークを繰り返す啓司のギター。
早く激しく叩こうとしてリズムがよれまくるウルオのドラム。
そして まだ旋律を覚えていないムラヤンのボーカル。
しかし、なぜかメンバー全員がこの曲の出来に「これ、意外といけるんじゃね?」と言う謎の自信を持ち始めていた。
単純に自分のパートしか聞いておらず、誰一人この曲を俯瞰的に聴く人がいなかったことに起因するのだが、そんな事に気が付く人間が「シータ」にの中にいるはずもない。
ひと足お先に光の速さで あしたへダッシュさ
若さってなんだ 振り向かない事さ
宇宙刑事ギャバンの主題歌で串田アキラは声高にこう歌った。
全員が高校1年生のバンド「シータ」は、文字通り光速さで振り向かないまま明日へとダッシュしていったのだ。
ただ、光の速さでダッシュするには3週間という期間はあまりにも短すぎた。
前出のおそらく、当時日本で最も人気のあるバンドのひとつであったであろう「GLAY」の大名曲「HOWEVER」である。
なぜこの曲を選んだかと言うと、何の事はない。
実質の所、現在の「シータ」メンバーの実力を鑑みるに オリジナル曲は100万年早かったのだ。
ただでさえ圧倒的技術不足なうえに、音を合わせること自体が数カ月ぶりと言う体たらくで、いきなりオリジナル曲を作り始めるなどできるはずがない。
だからそこ、肩慣らしは他人のふんどしで。と言うことだった。
局長には、昔から断固として譲れない事柄がある。
「人と同じ事をしたくない」
局長はどう言う訳か、昔から人と同じ事をする事に異常な抵抗があった。
学校の行事や勉強、当り障りの無い会話、全てが嫌で嫌で仕方が無かったのだ。その結果、恋人はおろか友人さえおらず、いじめられているクラスメイトにすら「相手にしてもらえている」と言う羨望の眼差しを向けるほどに、クラス内で浮いた存在になっていた。自業自得である。完全に。
局長は幼い頃から、ピアノを習っていたが、その教材となる「バイエル」を楽譜通りに弾く作業も局長にとっては、それはもう本当に耐えがたいものに思えて仕方が無かった。
1つのメロディーがあったとする。
そのメロディーの終わりが、下がって終わるより、自分の中では上がって終わった方がスッキリする。
それでも、書かれてあるものを弾く時には、その衝動を我慢して下がった音で弾かなければいけない。
それが酷く苦痛だったのだ。
一事が万事。全てにおいて言える事だった。
そしてその度に局長は、オリジナルを求めた。
マンガを読んでも、ストーリ-に納得がいかないから、自分で納得のいくストーリーのマンガを描く。
音楽を聴いても、メロディーに納得いかないから、自分で納得のいくメロディーラインの曲を作る。
会話をしていても面白みを感じないから、無駄な奴とは会話をしない。
勉強なんて誰でも時間をかければできるから、勉強なんてしない。
最後のひとつは、さぼりたい為の言い訳だったかもしれない。
とにかく、だからこそ中学生当時もバンド結成2か月ですでにオリジナル曲を作ると言う暴挙に出ていた。
プロのコピー曲を練習して基本を踏まえた上でオリジナルの曲を作っていくと言う、至極一般的でおそらくは最も正しい考えを持つタクヤとは何度もその事でぶつかった。
結果、コピー曲1つ。オリジナル曲1つ。というセットリストで中学生時代の初ライブをこなした。
以上のことから、今回もやはりオリジナルで行こう。と言う、局長の2時間にも及ぶ説得と言う言う名の洗脳の時間を経て、「シータ」としての初ライブは「シータ」オリジナルの曲で挑もうと言う事になった訳だ。
そんな実力は無い・・・そんなことは分かり切っていた。それでも、絶対にここは譲れないと言う断固折れる事のない局長にタクヤが最終的に根負けした部分が大きかったかも知れない。
タクヤは最後に「でも、練習はちゃんと編曲されてる人の楽曲でやって演奏力は高めていこう」と提案し、局長もそれには従う事にした。
もっとも局長がその編曲を譜面通りに演奏することはないのだけれども。
「GLAY」の「HOWEVER」、さらに「誘惑」「BELOVED」「Believe in Fate」「soul love」と言う素晴らしすぎる黄金のふんどしでシータは相撲を取り続けた。
この段階で、ライブまで残り3週間と少し。
ライブの日程ははお盆明けの8月17日だ。
「シータ」の5人は学校が終われば極力集合、土日はずっと練習すると言うこれまでにないペースで活動していた。
もうじき夏休みに入る。
夏休みに入れば、さらに練習の時間を取ることもできるだろう。
練習の内容は、前半は「GLAY」の曲のコピー、後半はオリジナル曲のブラッシュアップと決まっていた。
1つ問題がある。
「シータ」のオリジナル曲は現在前出の「恋人たちは地獄に落ちろ~BAD LOVE~」と「森を抜けた先にある闇」 の2曲だ。
静かに聴かせるような実力の無い「シータ」としてはアップテンポな曲をやりたいのだが、この2曲のうちアップテンポな方の「恋人たちは地獄に落ちろ~BAD LOVE~」はデモテープこそ残っているものの、演奏すること自体が不可能になっていた。
「シータ」では誰もまともに楽譜を書くことができない。もちろんデモテープから耳コピで音を探して採譜するなどもっての他な訳で、記憶のかなたに消えていった楽曲を演奏することなどできるはずもなかったのだ。
もう一つの「森を抜けた先にある闇」の方は、辛うじて局長とタクヤが断片的に記憶しており、ウルオのドラムと啓司がギターを新しく追加すれば、何とかなる可能性はあった。
ただ、「森を抜けた先にある闇」はキーボードの局長が独壇場になるバラードだ。
初めてのライブでいきなり素人の下手くそなキーボードをバックにしっとりしたバラードなど聞くに堪えなことは火を見るより明らかな話である。
問題はすぐに解決した。
「んじゃ、森を抜けた先にある闇をアップテンポにしてみない?」
提案したウルオは、少し前カラオケでバラードをテンポアップさせればカッコ良いロックになる。と言う良く分からない発見をしており、そのことをメンバーに言って聞かせた。
実際にBPM92だった「森を抜けた先にある闇」をBPM160くらいで演奏してみると、想定より悪くないものだった。(少なくとも、シータのメンバーはそう信じて疑わなかった。)
編曲作業が始まる。
「シータ」の編曲作業は、誰がどう考えても摩訶不思議なものだった。
まず作曲者(今回の場合、局長)が主線となるメロディーラインとコード進行をメンバーに伝える。
そして、それをもとにそれぞれが自分のパートを考え作っていき、最後に、せ~ので一緒に演奏してみると言う・・・よく言えば放任主義、悪く言えば超個人主義な作り方。
誰もが演奏上の「おかず」を入れたくなるBメロ終わりからAサビに入る小ブレイク2小節で、ウルオがドラム回しを行い、タクヤと啓司が「ぎゅい~ん」と「ぶ~ん」とそれぞれスライド奏法を行う中で、局長がアクセントにメロディーを追加する。
みんなボーカルが止まるその2小節で自分の楽器の何かをやりたいと思うのは仕方がないことかもしれない。
だとしても、こんなやり方でバランスの取れた楽曲が作れるわけが無い。
結果、シータの楽曲は、酷くチグハグな構成になっていた。
勿論、「森を抜けた先にある闇(アップテンポver)」も例外なくチグハグである。
バラードのイメージが抜け切れていない音が少なく音程を上下するタクヤのベース。
スピードアップしたためにアルペジオが過剰にも聞こえる局長のキーボード。
何をやったらいいのか分からなくて、取り合えずコード通りに8ビートのストロークを繰り返す啓司のギター。
早く激しく叩こうとしてリズムがよれまくるウルオのドラム。
そして まだ旋律を覚えていないムラヤンのボーカル。
しかし、なぜかメンバー全員がこの曲の出来に「これ、意外といけるんじゃね?」と言う謎の自信を持ち始めていた。
単純に自分のパートしか聞いておらず、誰一人この曲を俯瞰的に聴く人がいなかったことに起因するのだが、そんな事に気が付く人間が「シータ」にの中にいるはずもない。
ひと足お先に光の速さで あしたへダッシュさ
若さってなんだ 振り向かない事さ
宇宙刑事ギャバンの主題歌で串田アキラは声高にこう歌った。
全員が高校1年生のバンド「シータ」は、文字通り光速さで振り向かないまま明日へとダッシュしていったのだ。
ただ、光の速さでダッシュするには3週間という期間はあまりにも短すぎた。
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