ひとときの暗がり
作:しもたろうに [website]
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彼女は名前を吉岡と言う。
吉岡は、局長達のバンド「シータ」が出演しようとしていたライブイベント「ティーンズライブフェスタ」 の担当者であり、タクヤにそのライブを薦めた張本人でもあった。
この日、局長とタクヤは2人でYAMAHA楽器高松店を訪れている。
吉岡とライブ出演について具体的な話を進めていくためだ。
と言っても、局長達はずぶの素人。
マーシャルとはこれ如何に?ローランドとはこれ如何に?状態の2人に、吉岡はライブで使用できる機材の説明や持ち時間について、ライブイベントの雰囲気などをかなり詳しく話してくれた。
タクヤは楽器初心者がまずは手にすることで有名な「サクラ楽器」のベースと「フォトジェニック」のギターアンプしか持ってなかったし、局長は「YAMAHA」のおもちゃのようなキーボードしか持っていなかった。
ただ、腐ってもバンドマンだと自負していた2人は「あぁ~キーボードはローランドなんですね。シンセサイザーの音でストリングス系あったかな?」とか「マーシャルだったら、エフェクターなくても音歪むから、コンプだけで良いですね」とか、合ってるようで何だか合ってない知ったかぶりをかまし続けた。
吉岡が、その事について特に突っ込まなかったのはひとえに、彼女の優しさの賜物だったのだろう。
結局の所、ほとんど何も理解できないままその日の打ち合わせは終了。
唯一分かった事は参加費用6000円を払うと12枚のチケットを渡されると言うこと。
チケットは1枚500円。そのチケットを、全て手売りすれば、6000円は手元に戻ってくる。
俗にいうチケットノルマと言う奴だ。
そんなものの存在を知りもしなかった2人は、みんなが買ってくれたら無料でライブが出来る。よもや、少し割高で売れば、自分たちの収入になると考えていた。
彼らはこの時全く知らなかったのだ。
いったいどこの誰が、下手くそにすらたどり着いていないお友達バンドの初めてのライブにお金出してまで来てくれると言うのだろうか。
自分を何か特別な存在だと信じて疑わない思春期特有のナルシズムに包まれた2人は、このオレたちがライブをするのだから皆チケットを買ってくれるだろうと言う根拠のない自信に満ち満ちていた。
クラスに友達が1人もいないのに、満ち満ちていた。
翌日の部活の時間。
クラスに友達などいるはずも無い局長は、当たり前のように1枚も売れない所かライブの話を誰一人にもする事さえできないまま、部活に赴き、いつもの様にステージの扉を開けた。
まだムラヤンもウルオもタクヤも部活に来ていない。
ステージの真ん中あたりで守山たちはいつものように会話をしている。
「良かった」と少しだけ胸を撫で下ろした。
実はクラスの盆暗どもがチケットを買ってくれないだろう事はさすがの局長も理解していた。
ただ、部活の女たちは違う。きっと喜び勇んでチケットを買ってくれるだろう。と、局長は密かに打算していた。
部員の先輩たちにチケットを売りさばこうとしていたのだ。 取り合えず定価の500円で。
しかし、当然のように現実はそんなに甘くはない。
誰も買ってはくれなかった。
「ただなら貰う。」
物事をはっきりと言う性格の水野には吐き捨てられた。
「行く行く~でも、今お金がチョッと無いんだ~」
「あ~じゃあもうお金いいですよ。」
この流れで、ほとんどのチケットが裁かれていった。
本来なら貰ってくれるだけでも額を地面にこすりつけてそのままぐるぐる回る位に感謝すべきなのだが、自分の事を天才だと信じて疑わない局長にとってはこの事実はなかなか受け入れがたいものだ。
唯一部長の守山だけが
「エ~ホントに~。行く行く。500円だね。ハイ。500円。」
と言って、気前良く500円を渡してくれた。
初めての「シータ」のお客様は部長の守山だといえるだろう。
ただ、それに喜ぶより前に局長は失望した。
6000円払って参加するライブで、自分の実入りは500円なのか・・・
1人でもお金を払って見に来てくれる人がいると言う事がどれほどありがたい事なのか、局長には全く理解できていなかったし、納得もできない。
ただただ、しょんぼり。失意の中にあった。
数日後。
いよいよ差し迫ってきたライブの練習のため、久しぶりにメンバー全員が犬小屋に集まった。
まずは参加に対して拒否したムラヤンをタクヤと局長が説得し、何とか了承を取り付ける。
「じゃあ、しっかり考えてきた僕の意見を発表しようか」
大きい声で自分の意見を発表しようとする啓司を無視して、賛成多数でライブに参加することが可決したのだ。
すでに出演料として6000円を払い、チケットをもらい、且つ、そのチケットを部活の先輩たちに渡している現状でライブをやらないという選択肢は、もはやあるはずがない。
既成事実を作り上げて無理やり皆を納得させると言う強硬手段に出たとも言えるだろう。
「それで、そろそろ僕の意見を発表しても大丈夫かな?」
更に大きい声で自分の意見を発表しようとする啓司を無視して、ライブで演奏する曲についての話し合いが始める。
局長は先日オナニー後の賢者タイムにその事を深く深く考察し、一つの結論出していた。
それは数日前、水野と話していた 「寄生獣」の話から派生した思惑で一言で言うなら「原点回帰」。
つまりは、新しいものを作り上げるのではなく、すでに出来あがっている楽曲をさらに高めていくと言うものだ。
ウルオは賛成。
ムラヤンはしぶしぶ承諾。
啓司は自分の意見を無視された事の報復に無視を決め込んで、賛成とみなされた。
それに対して、タクヤは
「せっかくライブするのに、誰も知らない曲をやっても誰も盛り上がってくれないよ。 それなら、誰もが知ってる『GLAY』のコピーをしたい。」
と、提案した。
当時、局長たち高校生の間では「GLAY」と「L'Arc~en ~Ciel」が信じられない位人気だった
クラスのほとんどの人間がこのどちらかのバンドのファンだと言っても過言ではなかっただろう。
実際「お前はどっち派?」と言う議論がクラスのいたるところで巻き起こっていた。
「GLAY」の曲は町中に溢れ、メディアに溢れ、「BELOVED」「HOWEVER」「誘惑」「SOUL LOVE」などは聞いた事のない人を探す方が大変だっただろう。
「L'Arc~en ~Ciel」の曲も町中に溢れ、メディアに溢れ「flower」「HONEY」「花葬」「snow drop」などは聞いたことない人を探す方が大変だっただろう。
でもなぜか、どちらのファンであったとしても「B'z」の「Pleasure」というアルバムは持っていた。「Treasure」と言うアルバムもまぁまぁの人が持っていた。
そんな時代だったのだ。
「GLAY」の曲のコピーをしたいと言った、タクヤはベースを弾いていた関係でJIROに憧れていたので「GLAY」派だった。
ちなみに、ムラヤンとウルオは「サクラ大戦」の主題歌「檄!帝国華撃団」派、啓司は財津和夫派。
そして局長は「MALICE MIZER」にハマって以降ずっとビジュアル系大好きで、この当時はまだ小文字だった「Dir en grey」派だった。
決して交わる事のない趣味趣向。
しかし、ライブに参加をすると言う事は決まった。
この日5人は初めてそれぞれが前向きにどの曲を演奏するべきか意見を出し合った。
局長は足並みの揃わなさに辟易としつつも、「シータ」と言うバンドが動き出したことを何とはなしに感じ取り、ニヤニヤとその光景を眺めていた。
吉岡は、局長達のバンド「シータ」が出演しようとしていたライブイベント「ティーンズライブフェスタ」 の担当者であり、タクヤにそのライブを薦めた張本人でもあった。
この日、局長とタクヤは2人でYAMAHA楽器高松店を訪れている。
吉岡とライブ出演について具体的な話を進めていくためだ。
と言っても、局長達はずぶの素人。
マーシャルとはこれ如何に?ローランドとはこれ如何に?状態の2人に、吉岡はライブで使用できる機材の説明や持ち時間について、ライブイベントの雰囲気などをかなり詳しく話してくれた。
タクヤは楽器初心者がまずは手にすることで有名な「サクラ楽器」のベースと「フォトジェニック」のギターアンプしか持ってなかったし、局長は「YAMAHA」のおもちゃのようなキーボードしか持っていなかった。
ただ、腐ってもバンドマンだと自負していた2人は「あぁ~キーボードはローランドなんですね。シンセサイザーの音でストリングス系あったかな?」とか「マーシャルだったら、エフェクターなくても音歪むから、コンプだけで良いですね」とか、合ってるようで何だか合ってない知ったかぶりをかまし続けた。
吉岡が、その事について特に突っ込まなかったのはひとえに、彼女の優しさの賜物だったのだろう。
結局の所、ほとんど何も理解できないままその日の打ち合わせは終了。
唯一分かった事は参加費用6000円を払うと12枚のチケットを渡されると言うこと。
チケットは1枚500円。そのチケットを、全て手売りすれば、6000円は手元に戻ってくる。
俗にいうチケットノルマと言う奴だ。
そんなものの存在を知りもしなかった2人は、みんなが買ってくれたら無料でライブが出来る。よもや、少し割高で売れば、自分たちの収入になると考えていた。
彼らはこの時全く知らなかったのだ。
いったいどこの誰が、下手くそにすらたどり着いていないお友達バンドの初めてのライブにお金出してまで来てくれると言うのだろうか。
自分を何か特別な存在だと信じて疑わない思春期特有のナルシズムに包まれた2人は、このオレたちがライブをするのだから皆チケットを買ってくれるだろうと言う根拠のない自信に満ち満ちていた。
クラスに友達が1人もいないのに、満ち満ちていた。
翌日の部活の時間。
クラスに友達などいるはずも無い局長は、当たり前のように1枚も売れない所かライブの話を誰一人にもする事さえできないまま、部活に赴き、いつもの様にステージの扉を開けた。
まだムラヤンもウルオもタクヤも部活に来ていない。
ステージの真ん中あたりで守山たちはいつものように会話をしている。
「良かった」と少しだけ胸を撫で下ろした。
実はクラスの盆暗どもがチケットを買ってくれないだろう事はさすがの局長も理解していた。
ただ、部活の女たちは違う。きっと喜び勇んでチケットを買ってくれるだろう。と、局長は密かに打算していた。
部員の先輩たちにチケットを売りさばこうとしていたのだ。 取り合えず定価の500円で。
しかし、当然のように現実はそんなに甘くはない。
誰も買ってはくれなかった。
「ただなら貰う。」
物事をはっきりと言う性格の水野には吐き捨てられた。
「行く行く~でも、今お金がチョッと無いんだ~」
「あ~じゃあもうお金いいですよ。」
この流れで、ほとんどのチケットが裁かれていった。
本来なら貰ってくれるだけでも額を地面にこすりつけてそのままぐるぐる回る位に感謝すべきなのだが、自分の事を天才だと信じて疑わない局長にとってはこの事実はなかなか受け入れがたいものだ。
唯一部長の守山だけが
「エ~ホントに~。行く行く。500円だね。ハイ。500円。」
と言って、気前良く500円を渡してくれた。
初めての「シータ」のお客様は部長の守山だといえるだろう。
ただ、それに喜ぶより前に局長は失望した。
6000円払って参加するライブで、自分の実入りは500円なのか・・・
1人でもお金を払って見に来てくれる人がいると言う事がどれほどありがたい事なのか、局長には全く理解できていなかったし、納得もできない。
ただただ、しょんぼり。失意の中にあった。
数日後。
いよいよ差し迫ってきたライブの練習のため、久しぶりにメンバー全員が犬小屋に集まった。
まずは参加に対して拒否したムラヤンをタクヤと局長が説得し、何とか了承を取り付ける。
「じゃあ、しっかり考えてきた僕の意見を発表しようか」
大きい声で自分の意見を発表しようとする啓司を無視して、賛成多数でライブに参加することが可決したのだ。
すでに出演料として6000円を払い、チケットをもらい、且つ、そのチケットを部活の先輩たちに渡している現状でライブをやらないという選択肢は、もはやあるはずがない。
既成事実を作り上げて無理やり皆を納得させると言う強硬手段に出たとも言えるだろう。
「それで、そろそろ僕の意見を発表しても大丈夫かな?」
更に大きい声で自分の意見を発表しようとする啓司を無視して、ライブで演奏する曲についての話し合いが始める。
局長は先日オナニー後の賢者タイムにその事を深く深く考察し、一つの結論出していた。
それは数日前、水野と話していた 「寄生獣」の話から派生した思惑で一言で言うなら「原点回帰」。
つまりは、新しいものを作り上げるのではなく、すでに出来あがっている楽曲をさらに高めていくと言うものだ。
ウルオは賛成。
ムラヤンはしぶしぶ承諾。
啓司は自分の意見を無視された事の報復に無視を決め込んで、賛成とみなされた。
それに対して、タクヤは
「せっかくライブするのに、誰も知らない曲をやっても誰も盛り上がってくれないよ。 それなら、誰もが知ってる『GLAY』のコピーをしたい。」
と、提案した。
当時、局長たち高校生の間では「GLAY」と「L'Arc~en ~Ciel」が信じられない位人気だった
クラスのほとんどの人間がこのどちらかのバンドのファンだと言っても過言ではなかっただろう。
実際「お前はどっち派?」と言う議論がクラスのいたるところで巻き起こっていた。
「GLAY」の曲は町中に溢れ、メディアに溢れ、「BELOVED」「HOWEVER」「誘惑」「SOUL LOVE」などは聞いた事のない人を探す方が大変だっただろう。
「L'Arc~en ~Ciel」の曲も町中に溢れ、メディアに溢れ「flower」「HONEY」「花葬」「snow drop」などは聞いたことない人を探す方が大変だっただろう。
でもなぜか、どちらのファンであったとしても「B'z」の「Pleasure」というアルバムは持っていた。「Treasure」と言うアルバムもまぁまぁの人が持っていた。
そんな時代だったのだ。
「GLAY」の曲のコピーをしたいと言った、タクヤはベースを弾いていた関係でJIROに憧れていたので「GLAY」派だった。
ちなみに、ムラヤンとウルオは「サクラ大戦」の主題歌「檄!帝国華撃団」派、啓司は財津和夫派。
そして局長は「MALICE MIZER」にハマって以降ずっとビジュアル系大好きで、この当時はまだ小文字だった「Dir en grey」派だった。
決して交わる事のない趣味趣向。
しかし、ライブに参加をすると言う事は決まった。
この日5人は初めてそれぞれが前向きにどの曲を演奏するべきか意見を出し合った。
局長は足並みの揃わなさに辟易としつつも、「シータ」と言うバンドが動き出したことを何とはなしに感じ取り、ニヤニヤとその光景を眺めていた。
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