ひとときの暗がり
作:しもたろうに [website]
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局長の緊張は頂点に達していた。
いよいよ今日の部活の時間。守山に自身初の人に見せるために書き上げた物語「マリオネット」を見てもらうのだ。
局長はコレまで、自分の書いた物語を人に見せたことがない。
見せられるはずはない。
局長は、幼いころから現実の世界に嫌気がさすと、頭の中にあるもう一つの世界に逃げ込む癖があった。
逃げ込んだ世界では、現実世界で嫌な思いをした経験を成功体験として上書きし、嫌な思いをさせられた友人や教師たちを惨たらしい方法で惨殺した。
その得も言われぬ美醜の全てを何とか形に残してみたいと思うのは、人間の性としか言いようがない。
そうして局長が、物語を作り始めたのは小学1年生の時。
それから数えて10年だ。
局長にとって物語とは、唯一自分の逃避する場所であって、また同時に自分の内面の奥底でもあった
だからこそ、誰にも見せた事はない。
自分の内面のさらにその奥底にあるドロドロとした何かを人前に見せるなど、考えるだけでも赤面するような恥ずかしい行為でしかないのだ。
人生において初めて、それが人の目に晒される事になる。
中学生の頃の人権演劇の台本は、お題を貰い、そのほとんどを書き換えられたものだ。
だが、「マリオネット」と名付けたこの台本は局長が思いついた内容を局長が最初から最後まで描き切った純度100%。局長生絞りの物語。
まだ誰も足を踏み入れさせた事のない局長の内面がこれでもかと表れている。
それをまだ出会って数ヶ月と言う守山に見せるのだ。
局長はよく自分の作った作品を読み返す。
そして、悦に入っていく。
「やっぱ面白いよなぁ~」 と言う超究極主観的な立場からの自己満足の評価だ。
自分が面白いと思ったものを形にするのだから、本人が面白いと思うのは当たり前なのだが、局長はそれが「自身の圧倒的天賦の才」によるものだと信じて疑わなかった。
しかし、今回は違う。
完全な客観的評価。
これで はっきり「NO」と言われる事は、局長の信じて疑わなかった「自身の圧倒的天賦の才」の否定であり、長年誰にも見せずに鬱屈と溜め続けた内面の否定であり、と言うか、局長と言う人間そのものの否定だとさえ局長は思っていた。
緊張が頂点に達する。
何度か深呼吸をすると、その緊張を悟られないように「いつも通りいつも通り」と小さくつぶやきつつ、ステージの扉を開けた。
ステージの袖のところでは、ムラヤン、ウルオ、タクヤの3人が座り込んで駄弁っている。
その奥、ステージ中央で何人か先輩たちが輪になって話をしている。ちゃんと部長の守山もいた。
「ういっす。」
局長に気が付いてタクヤが声をかけた。
局長は無視。と言うか、そんな声が今の局長の耳に入るはずもない。
そのまま、つかつかと(実は小刻みに足が震えながらも)ステージの中央へ。
「・・・部長・・・書いてきました。」
普段早口気味な局長にとっては異常なほど慎重にゆっくりと話した。
対照的に、ガサガサと慌てながら30枚程度のルーズリーフをカバンから取り出し、守山に差し出した。
「すごーい。もう書いてきてくれたんだ!ありがとう~!」
汚い字がびっしりと書かれたそのルーズリーフを見て、守山はぴょんと軽く飛び跳ねた。
「え・・・と。はぁ。思ったより、短かったもんで・・・」
局長は少しうつむき加減に答える。
「いやいや。凄いよ。私なんか、『南国』書いてた時、いつまで経っても最後まで書けなかったもん。ねぇくーちゃん?」
守山が少し離れたところに座っていた黒崎に話をふると、小走りで局長たちのところにやってきた。
「エ?何々?お~!!凄い凄い。これ高井君が書いたの?ぶちょー!!あたしも読んでみたいっす!!」
黒崎を皮切りに、他の先輩たちも集まり始める。
「ん。じゃあ、皆で読んでみよっか。あ~ドキドキするねぇ~。」
守山は局長の書いた小汚いルーズリーフを皆で回し読みし始めた。
その途轍もない羞恥プレイにただただ居たたまれなくなった局長は、「オレの方がその1000000000000000000000000000000000倍ドキドキだ」と思いつつも平静を装い、タクヤ達の方に向かって歩き出した。
「何を部長に渡したんだ?」
「いや、ほら…この前、部長に台本を書いてって言われたから…」
「あぁ~あの時の。」
「書いてみた。」
「すげぇ。まじで書いたんだ。」
ウルオが会話に割り込んできた。
「それで、何ていうタイトルの話を書いたのかな!?」
局長は少し戸惑いながら小声で
「マリオネット。」
とだけ返した。
「マ…マリオネット!?」
ムラヤンがいち早く反応する。
毎週木曜日夕方のテレ東では「セイバーマリオネットJ」と言うタイトルのアニメが現在絶賛放映されており、一部のアニメ雑誌などでは取り上げられる程度にはヒットしていたのだ。
「セイバーマリオネット」シリーズとして何度もアニメ化や漫画化などのメディアミックスを繰り返している人気シリーズの最新作でもあり、エヴァンゲリオン以降アニメの世界にどっぷりとつかっていたムラヤンは、もちろんそのアニメも毎週欠かさず見ており、且つ今期のアニメの中ではかなり良い評価をしていた。
その事を知っていたウルオはムラヤンと2人ニヤニヤッと顔を見合わせている。
先日部長の言った「勇気ある題名」の意味する事も同じだった。
つまり、今話題になってるアニメと同じタイトルをつけるとは勇気があるよね。
と言う意味だったのだ。
ただ、アニメを全く見ない局長にとっては、何の事かまったく分からなかった。
「マリオネット」と言うタイトルは、当時局長がたまたま中古CDショップで手に入れた「BOOWY」と言うバンドのアルバムの中の気に入った1曲のタイトルを引用したもの。
物語自体の世界観が、その「marionette」と言う曲の歌詞とピッタリ合ったりしたもので、じゃあタイトルはこの曲と同じにするか。くらいのノリでしかなかったのだ。
80年代一世を風靡したメジャーバンドの超有名曲のタイトルを丸パクリもとい拝借している以上、結局のところ「勇気ある題名」には変わりなかった。
そうこうしている内に、部長が「マリオネット」のルーズリーフを持って局長のほうへ歩いてきた。
どうも読み終わったようだ。
「高井君。読み終わったよ。」
頂点に達していた局長の緊張は、限界を突破した。
心臓はバクバクと音を立てている。
自分にはもちろん、周囲10mにいる人間には耳を澄ませなくても聞こえるのではないかと言うほど爆発的な心音が鳴り響いた。
本当は自信がある。
圧倒的天賦の才を持つ自分が、渾身を込めて書いた物語だ。
例え人生で初めて自分以外の人に読ませることになったとしても。
「エ~ッと。ダ…ダメだったですよね。」
「そんな事ないよ。すっごく良かった!このお話で文化祭をやろうよ!」と当然言われる事を想定した上で、局長はわざと謙遜して見せた。
守山は話す内容を考えているように見える。
間に耐えられない局長は、守山が何か話し始める前に
「場面変更多すぎるし。内容もイマイチだし‥あ…あと、こんな世界観って演劇とかでは出来そうもないし…つ…使えませんよね。」
普段にもまして早口に謎の弁明を始めた。
だがしかし、いつまで経っても守山から「そんな事ないよ」は出ない。
混乱して頭の中がよく分からない状態になっている。
ただただ間が空くことに耐えられないまま、謎の弁明は続いた。
謎の弁明が一区切りした後、守山はそんな局長に少し困惑しながら口を開いた。
「…そうだね。場面変更多すぎるし…チョッと使えないね。」
評決は下った。
いよいよ今日の部活の時間。守山に自身初の人に見せるために書き上げた物語「マリオネット」を見てもらうのだ。
局長はコレまで、自分の書いた物語を人に見せたことがない。
見せられるはずはない。
局長は、幼いころから現実の世界に嫌気がさすと、頭の中にあるもう一つの世界に逃げ込む癖があった。
逃げ込んだ世界では、現実世界で嫌な思いをした経験を成功体験として上書きし、嫌な思いをさせられた友人や教師たちを惨たらしい方法で惨殺した。
その得も言われぬ美醜の全てを何とか形に残してみたいと思うのは、人間の性としか言いようがない。
そうして局長が、物語を作り始めたのは小学1年生の時。
それから数えて10年だ。
局長にとって物語とは、唯一自分の逃避する場所であって、また同時に自分の内面の奥底でもあった
だからこそ、誰にも見せた事はない。
自分の内面のさらにその奥底にあるドロドロとした何かを人前に見せるなど、考えるだけでも赤面するような恥ずかしい行為でしかないのだ。
人生において初めて、それが人の目に晒される事になる。
中学生の頃の人権演劇の台本は、お題を貰い、そのほとんどを書き換えられたものだ。
だが、「マリオネット」と名付けたこの台本は局長が思いついた内容を局長が最初から最後まで描き切った純度100%。局長生絞りの物語。
まだ誰も足を踏み入れさせた事のない局長の内面がこれでもかと表れている。
それをまだ出会って数ヶ月と言う守山に見せるのだ。
局長はよく自分の作った作品を読み返す。
そして、悦に入っていく。
「やっぱ面白いよなぁ~」 と言う超究極主観的な立場からの自己満足の評価だ。
自分が面白いと思ったものを形にするのだから、本人が面白いと思うのは当たり前なのだが、局長はそれが「自身の圧倒的天賦の才」によるものだと信じて疑わなかった。
しかし、今回は違う。
完全な客観的評価。
これで はっきり「NO」と言われる事は、局長の信じて疑わなかった「自身の圧倒的天賦の才」の否定であり、長年誰にも見せずに鬱屈と溜め続けた内面の否定であり、と言うか、局長と言う人間そのものの否定だとさえ局長は思っていた。
緊張が頂点に達する。
何度か深呼吸をすると、その緊張を悟られないように「いつも通りいつも通り」と小さくつぶやきつつ、ステージの扉を開けた。
ステージの袖のところでは、ムラヤン、ウルオ、タクヤの3人が座り込んで駄弁っている。
その奥、ステージ中央で何人か先輩たちが輪になって話をしている。ちゃんと部長の守山もいた。
「ういっす。」
局長に気が付いてタクヤが声をかけた。
局長は無視。と言うか、そんな声が今の局長の耳に入るはずもない。
そのまま、つかつかと(実は小刻みに足が震えながらも)ステージの中央へ。
「・・・部長・・・書いてきました。」
普段早口気味な局長にとっては異常なほど慎重にゆっくりと話した。
対照的に、ガサガサと慌てながら30枚程度のルーズリーフをカバンから取り出し、守山に差し出した。
「すごーい。もう書いてきてくれたんだ!ありがとう~!」
汚い字がびっしりと書かれたそのルーズリーフを見て、守山はぴょんと軽く飛び跳ねた。
「え・・・と。はぁ。思ったより、短かったもんで・・・」
局長は少しうつむき加減に答える。
「いやいや。凄いよ。私なんか、『南国』書いてた時、いつまで経っても最後まで書けなかったもん。ねぇくーちゃん?」
守山が少し離れたところに座っていた黒崎に話をふると、小走りで局長たちのところにやってきた。
「エ?何々?お~!!凄い凄い。これ高井君が書いたの?ぶちょー!!あたしも読んでみたいっす!!」
黒崎を皮切りに、他の先輩たちも集まり始める。
「ん。じゃあ、皆で読んでみよっか。あ~ドキドキするねぇ~。」
守山は局長の書いた小汚いルーズリーフを皆で回し読みし始めた。
その途轍もない羞恥プレイにただただ居たたまれなくなった局長は、「オレの方がその1000000000000000000000000000000000倍ドキドキだ」と思いつつも平静を装い、タクヤ達の方に向かって歩き出した。
「何を部長に渡したんだ?」
「いや、ほら…この前、部長に台本を書いてって言われたから…」
「あぁ~あの時の。」
「書いてみた。」
「すげぇ。まじで書いたんだ。」
ウルオが会話に割り込んできた。
「それで、何ていうタイトルの話を書いたのかな!?」
局長は少し戸惑いながら小声で
「マリオネット。」
とだけ返した。
「マ…マリオネット!?」
ムラヤンがいち早く反応する。
毎週木曜日夕方のテレ東では「セイバーマリオネットJ」と言うタイトルのアニメが現在絶賛放映されており、一部のアニメ雑誌などでは取り上げられる程度にはヒットしていたのだ。
「セイバーマリオネット」シリーズとして何度もアニメ化や漫画化などのメディアミックスを繰り返している人気シリーズの最新作でもあり、エヴァンゲリオン以降アニメの世界にどっぷりとつかっていたムラヤンは、もちろんそのアニメも毎週欠かさず見ており、且つ今期のアニメの中ではかなり良い評価をしていた。
その事を知っていたウルオはムラヤンと2人ニヤニヤッと顔を見合わせている。
先日部長の言った「勇気ある題名」の意味する事も同じだった。
つまり、今話題になってるアニメと同じタイトルをつけるとは勇気があるよね。
と言う意味だったのだ。
ただ、アニメを全く見ない局長にとっては、何の事かまったく分からなかった。
「マリオネット」と言うタイトルは、当時局長がたまたま中古CDショップで手に入れた「BOOWY」と言うバンドのアルバムの中の気に入った1曲のタイトルを引用したもの。
物語自体の世界観が、その「marionette」と言う曲の歌詞とピッタリ合ったりしたもので、じゃあタイトルはこの曲と同じにするか。くらいのノリでしかなかったのだ。
80年代一世を風靡したメジャーバンドの超有名曲のタイトルを丸パクリもとい拝借している以上、結局のところ「勇気ある題名」には変わりなかった。
そうこうしている内に、部長が「マリオネット」のルーズリーフを持って局長のほうへ歩いてきた。
どうも読み終わったようだ。
「高井君。読み終わったよ。」
頂点に達していた局長の緊張は、限界を突破した。
心臓はバクバクと音を立てている。
自分にはもちろん、周囲10mにいる人間には耳を澄ませなくても聞こえるのではないかと言うほど爆発的な心音が鳴り響いた。
本当は自信がある。
圧倒的天賦の才を持つ自分が、渾身を込めて書いた物語だ。
例え人生で初めて自分以外の人に読ませることになったとしても。
「エ~ッと。ダ…ダメだったですよね。」
「そんな事ないよ。すっごく良かった!このお話で文化祭をやろうよ!」と当然言われる事を想定した上で、局長はわざと謙遜して見せた。
守山は話す内容を考えているように見える。
間に耐えられない局長は、守山が何か話し始める前に
「場面変更多すぎるし。内容もイマイチだし‥あ…あと、こんな世界観って演劇とかでは出来そうもないし…つ…使えませんよね。」
普段にもまして早口に謎の弁明を始めた。
だがしかし、いつまで経っても守山から「そんな事ないよ」は出ない。
混乱して頭の中がよく分からない状態になっている。
ただただ間が空くことに耐えられないまま、謎の弁明は続いた。
謎の弁明が一区切りした後、守山はそんな局長に少し困惑しながら口を開いた。
「…そうだね。場面変更多すぎるし…チョッと使えないね。」
評決は下った。
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