ひとときの暗がり
作:しもたろうに [website]
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局長の家には母屋の他に「離れ」があり、そこにはウルオのドラムセットやタクヤのベースアンプ、局長のキーボードが置いてある。
局長達が活動しているバンド「シータ」の練習は基本的にこの「離れ」で行われていた。
ひと月のお小遣い5000円、バイトもしていない局長達にとって、一時間数千円の練習スタジオは雲の上の存在。
そこで局長達は、その「離れ」を勝手に改造して「シータ」の練習スタジオとして使っていたのだ。
名前を「犬小屋」と名付けていた。
ただ、高校入学と同時に「シータ」は活動を休止していたため、それ以来「犬小屋」から音楽が聞こえる事はなかった。
今日は、久しぶりにその「犬小屋」に集合。
連日の局長とタクヤが話し合っていた内容をメンバー皆で検討する会を開いたのだ。
かつて大所帯だったバンドだが、学校が別になったメンバーと自然消滅的に没交渉となってしまった事、そもそも別にやる気のない乗っかっただけのメンバーに声をかけなかった事などがあり、この日集まったのは、ボーカル担当のムラヤン、ギター担当の啓司、ベース担当のタクヤ、キーボード担当の局長、ドラム担当のウルオの5人。ほぼいつものメンバーだった。
ちなみに「シータ」と言うバンド名は、局長が中学生の頃に誰にも見せずに黙々と描いていたマンガ「ランナウェイデイズ」に出て来る「魔人」と呼ばれる改造人間のキャラクターの名前である。
「シータ」を言う名前とキャラクターを気に入っていた局長がバンド名にも流用したのだ。
ただ、その話をするとタクヤ達に「マンガを読ませろ」と言われるに決まっていた。
それだけは避けたかった局長は「ギリシャ文字でΘ(シータ)と言う文字があって、意味は優しくも強い情熱って意味なんだけど、これをバンド名にどうかな?」と結成当時、メンバーに(主にタクヤに)提案した。
バンドのイニシアチブを局長と二分していたタクヤがその言葉を気に入り、バンド名は晴れて「シータ」となった。
言われはもちろん嘘だ。
「優しくも強い情熱」と言う言葉は、何となくタクヤが気に入りそうな気がしたので言ってみたでっち上げだった。
「人生なんてちょろいもんだ」と中学自分の局長はひっそりと思っていた。
閑話休題。
今日の議題は「シータ」としてライブをするか否か。
それは実質的には「シータ」としての初ライブだった。
「シータ」はこれまで2回のライブを経験している。
1回目は中学校の文化祭でのライブ。この時にはメンバーのほとんどが卓球部に所属していたため「ピンポンバンド」と呼ばれていた。
2回目は、それも同じく 中学校の卒業式での記念ライブ。この時も「ピンポンバンド」と紹介されていた。
だが、今度は違っていた。
局長が考えていたのは、ライブハウスに「シータ」と言う名前のバンドとして乗り込んでライブをしようと言う計画だった。
もう誰にも「ピンポンバンド」とは言わせない。正真正銘「シータ」と言う名前のバンドのライブ。
これは、惰性で未だに解散しないまま宙ぶらりんになっている「シータ」をどうするべきかの賭けでもあった。
しかしタクヤはそれに反対した。活動すること自体には賛成していたが、まだ自分たちは人前に立てるレベルじゃあない。まずはメンバーを固定してちゃんと練習して、ある程度演奏ができるようになった時に、初めてライブを検討しよう。
ぐうの音も出ない正論。
練習嫌いで努力しないで人前で賞賛されたい局長とぐうの音も出ない正論を振りかざすタクヤは、決して交わる事のない平行線をたどる議論を繰り返し、2人はそんな状態に辟易としていた。
そして今日の集まりが開催された。
簡単に言うと、数の暴力にものを言わせた多数決で決めようというのだ。
まず、ウルオは局長の提案に賛成した。
「やるんですか。よーし。じゃあ、やっちゃうぞー」
一方のムラヤンは逆に強く否定した。
「無理無理無理無理・・・・」
数十回繰り返した後「絶対無理」とさらに強く否定した。
目立ちたがり屋のウルオと、引っ込み思案で人前に立つ事を極端に嫌うムラヤンの性格の差が出た形だ。
後は啓司の意見を待つだけである。
局長とウルオで2票。
タクヤとムラヤンがそれぞれ2票。
つまり、啓司の賛否によって決定か、「シータ」の今後が決まるのだ。
皆も注目が集まる中、重苦しい空気が少し流れる。
1分とも10分ともとれる時間の後、啓司が重い口を開いた。
「いきなり言われても、返事は出来ないかな。数日ほど考える時間を貰いたい。」
優柔不断な啓司は結論を先延ばしにした。
そう言われた以上もうどうしようもないので、局長は強引に話を進めるため、「仮にやるとしたら、どんな曲をライブでやるべきか」と話を切り換えた。
「シータ」のオリジナル曲は2つ。
中学校の文化祭で披露した「恋人たちは地獄に落ちろ」と、卒業式で披露した「森を抜けた先にある闇」だ。
「恋人たちは地獄に落ちろ」はややポップよりのロック。「森を抜けた先にある闇」はバラード。
あと、ライブの最後に演奏するお決まりの「スーパーフィニッシュ」と言う曲もあったが、これは曲として考えないので今回は省く。
どちらの曲も、演奏力の低い「シータ」にとってはかなり良く出来た楽曲ではあったが、どれだけ贔屓目に見ても人前で演奏できるレベルとは言い難かった。
どちらかの曲をするのか。
それとも新曲を作るのか。
タクヤが「だから、そんなレベルじゃないんだよ。まずはプロの曲をコピーして練習しよう」と提案した。
ここでもオリジナル曲をやりたい局長と、堅実にコピーバンドとして技術を磨きたいタクヤの意見は平行線を辿った。
その内、だんだんそんな話はどうでも良くなり当たり前のように5人は遊び始めた。
こうして大事な事をうやむやにしてしまう癖が局長たちにはあった。
タクヤはそのいいかげんな部分を良しとはしなかったが、結局一緒になって遊んでしまうタクヤもまた同じ穴のムジナであった事について今は伏せておく事にする。
この日、学校の授業で覚え始めたつたない局長のギターを使った新曲が完成した。
タイトル「お前に分かるか」
なめこは痒い
こんにゃく冷たい
カレーヌードルはヒリヒリ
やっぱり手でするのが気持ちいい
上下に動かせ
激しく動かせ
そして吐き出せ
あの子への思いと一緒に
真っ白くイカ臭い
お前の愛をぶちまけろ
どうやって「オナニー」をするかを語った、性欲の溜まりまくった童貞達には最適な新曲だった。
「あの子」と書いて「オナペット」と読ませる名曲である。
ただ、その歌で盛り上がっていたのは局長とタクヤだけで、下ネタがあまり好きではないウルオとムラヤンは少し冷めた様子で見ていた。
啓司は恥ずかしくなってギターで謎のコード進行を繰り返していた。
「素直になれよ。このむっつりどもが!!」
その様子を見かねた局長の一言で、その日は解散となった。
その日の夜、チョッと変なテンションになっていた局長は、中学生の頃描いていた誰にも見せる事のないマンガを元にして、「マリオネット」と言うタイトルの台本を一気に書き上げた。
局長達が活動しているバンド「シータ」の練習は基本的にこの「離れ」で行われていた。
ひと月のお小遣い5000円、バイトもしていない局長達にとって、一時間数千円の練習スタジオは雲の上の存在。
そこで局長達は、その「離れ」を勝手に改造して「シータ」の練習スタジオとして使っていたのだ。
名前を「犬小屋」と名付けていた。
ただ、高校入学と同時に「シータ」は活動を休止していたため、それ以来「犬小屋」から音楽が聞こえる事はなかった。
今日は、久しぶりにその「犬小屋」に集合。
連日の局長とタクヤが話し合っていた内容をメンバー皆で検討する会を開いたのだ。
かつて大所帯だったバンドだが、学校が別になったメンバーと自然消滅的に没交渉となってしまった事、そもそも別にやる気のない乗っかっただけのメンバーに声をかけなかった事などがあり、この日集まったのは、ボーカル担当のムラヤン、ギター担当の啓司、ベース担当のタクヤ、キーボード担当の局長、ドラム担当のウルオの5人。ほぼいつものメンバーだった。
ちなみに「シータ」と言うバンド名は、局長が中学生の頃に誰にも見せずに黙々と描いていたマンガ「ランナウェイデイズ」に出て来る「魔人」と呼ばれる改造人間のキャラクターの名前である。
「シータ」を言う名前とキャラクターを気に入っていた局長がバンド名にも流用したのだ。
ただ、その話をするとタクヤ達に「マンガを読ませろ」と言われるに決まっていた。
それだけは避けたかった局長は「ギリシャ文字でΘ(シータ)と言う文字があって、意味は優しくも強い情熱って意味なんだけど、これをバンド名にどうかな?」と結成当時、メンバーに(主にタクヤに)提案した。
バンドのイニシアチブを局長と二分していたタクヤがその言葉を気に入り、バンド名は晴れて「シータ」となった。
言われはもちろん嘘だ。
「優しくも強い情熱」と言う言葉は、何となくタクヤが気に入りそうな気がしたので言ってみたでっち上げだった。
「人生なんてちょろいもんだ」と中学自分の局長はひっそりと思っていた。
閑話休題。
今日の議題は「シータ」としてライブをするか否か。
それは実質的には「シータ」としての初ライブだった。
「シータ」はこれまで2回のライブを経験している。
1回目は中学校の文化祭でのライブ。この時にはメンバーのほとんどが卓球部に所属していたため「ピンポンバンド」と呼ばれていた。
2回目は、それも同じく 中学校の卒業式での記念ライブ。この時も「ピンポンバンド」と紹介されていた。
だが、今度は違っていた。
局長が考えていたのは、ライブハウスに「シータ」と言う名前のバンドとして乗り込んでライブをしようと言う計画だった。
もう誰にも「ピンポンバンド」とは言わせない。正真正銘「シータ」と言う名前のバンドのライブ。
これは、惰性で未だに解散しないまま宙ぶらりんになっている「シータ」をどうするべきかの賭けでもあった。
しかしタクヤはそれに反対した。活動すること自体には賛成していたが、まだ自分たちは人前に立てるレベルじゃあない。まずはメンバーを固定してちゃんと練習して、ある程度演奏ができるようになった時に、初めてライブを検討しよう。
ぐうの音も出ない正論。
練習嫌いで努力しないで人前で賞賛されたい局長とぐうの音も出ない正論を振りかざすタクヤは、決して交わる事のない平行線をたどる議論を繰り返し、2人はそんな状態に辟易としていた。
そして今日の集まりが開催された。
簡単に言うと、数の暴力にものを言わせた多数決で決めようというのだ。
まず、ウルオは局長の提案に賛成した。
「やるんですか。よーし。じゃあ、やっちゃうぞー」
一方のムラヤンは逆に強く否定した。
「無理無理無理無理・・・・」
数十回繰り返した後「絶対無理」とさらに強く否定した。
目立ちたがり屋のウルオと、引っ込み思案で人前に立つ事を極端に嫌うムラヤンの性格の差が出た形だ。
後は啓司の意見を待つだけである。
局長とウルオで2票。
タクヤとムラヤンがそれぞれ2票。
つまり、啓司の賛否によって決定か、「シータ」の今後が決まるのだ。
皆も注目が集まる中、重苦しい空気が少し流れる。
1分とも10分ともとれる時間の後、啓司が重い口を開いた。
「いきなり言われても、返事は出来ないかな。数日ほど考える時間を貰いたい。」
優柔不断な啓司は結論を先延ばしにした。
そう言われた以上もうどうしようもないので、局長は強引に話を進めるため、「仮にやるとしたら、どんな曲をライブでやるべきか」と話を切り換えた。
「シータ」のオリジナル曲は2つ。
中学校の文化祭で披露した「恋人たちは地獄に落ちろ」と、卒業式で披露した「森を抜けた先にある闇」だ。
「恋人たちは地獄に落ちろ」はややポップよりのロック。「森を抜けた先にある闇」はバラード。
あと、ライブの最後に演奏するお決まりの「スーパーフィニッシュ」と言う曲もあったが、これは曲として考えないので今回は省く。
どちらの曲も、演奏力の低い「シータ」にとってはかなり良く出来た楽曲ではあったが、どれだけ贔屓目に見ても人前で演奏できるレベルとは言い難かった。
どちらかの曲をするのか。
それとも新曲を作るのか。
タクヤが「だから、そんなレベルじゃないんだよ。まずはプロの曲をコピーして練習しよう」と提案した。
ここでもオリジナル曲をやりたい局長と、堅実にコピーバンドとして技術を磨きたいタクヤの意見は平行線を辿った。
その内、だんだんそんな話はどうでも良くなり当たり前のように5人は遊び始めた。
こうして大事な事をうやむやにしてしまう癖が局長たちにはあった。
タクヤはそのいいかげんな部分を良しとはしなかったが、結局一緒になって遊んでしまうタクヤもまた同じ穴のムジナであった事について今は伏せておく事にする。
この日、学校の授業で覚え始めたつたない局長のギターを使った新曲が完成した。
タイトル「お前に分かるか」
なめこは痒い
こんにゃく冷たい
カレーヌードルはヒリヒリ
やっぱり手でするのが気持ちいい
上下に動かせ
激しく動かせ
そして吐き出せ
あの子への思いと一緒に
真っ白くイカ臭い
お前の愛をぶちまけろ
どうやって「オナニー」をするかを語った、性欲の溜まりまくった童貞達には最適な新曲だった。
「あの子」と書いて「オナペット」と読ませる名曲である。
ただ、その歌で盛り上がっていたのは局長とタクヤだけで、下ネタがあまり好きではないウルオとムラヤンは少し冷めた様子で見ていた。
啓司は恥ずかしくなってギターで謎のコード進行を繰り返していた。
「素直になれよ。このむっつりどもが!!」
その様子を見かねた局長の一言で、その日は解散となった。
その日の夜、チョッと変なテンションになっていた局長は、中学生の頃描いていた誰にも見せる事のないマンガを元にして、「マリオネット」と言うタイトルの台本を一気に書き上げた。
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