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そくせき

作:鳶沢ちと [website]

来栖美七のオペレーション・オーガスレイヤー? - 2.オペレーション、立案!

 美七の天然人たらし攻撃の前にあっけなく敗北した僕は、彼女の願望を叶えるに当たって、障害を割り出していた。
 手帳サイズの方眼ノートの表紙には、油性マジックで書かれた作戦ノートの文字。美七のわがままに付き合う時は、いつもこのノートに考えをまとめるのである。ボールペンをくるくる弄ぶと、脳みそに血が廻ってくるような感覚がする。
「どう? 出来そうかな」
「難しいね」
 その言葉を聞いた美七は、何故か嬉しそうな顔をした。
「出来ないとは言わないんだから、大丈夫だ」
 彼女は僕が計画を立てる時、いつもわくわくと期待感に満ちた顔をする。むずがゆくなって、考えるふりで顔をそらす。
「……とにかく、計画を実行するにあたってどんな問題があるのか、まず整理しよう」
 計画の流れは至ってシンプルだ。第一に、チョコを校内に持ち込むこと。第二に、対象に渡すまで、周囲の目からチョコを隠し通すこと。第三に、誰にも目撃されないよう対象にチョコを渡すこと。
 シンプル故に、難しい。これらの障害となるのは、生徒指導担当の教師鬼塚と、鬼塚の指示のもと監視の目を凝らす風紀委員の存在。更に、目撃者は鬼塚または風紀委員へ報告するよう通達されているため、その包囲網はほぼ全校生徒と同義である。全員が律儀に報告するとは限らないが、しないとも断言できないのなら、僕ら無法者はリスクの方を考えて動かなければならない。
 鬼塚はこれまでに数々の問題行動を摘発した実績があり、我が校における秩序の象徴として恐れられている。つまり、僕らにとっては厄介な相手となる。けれど優秀だからこそ、その行いにはセオリーが透けて見えるものだ。僕が鬼塚ならどうするのか、それを考えながら、ノートに計画を綴っていく。
「計画は大きく分けて三段階。チョコを持ち込み、隠し通し、そして渡す。まず、持ち込みをクリアする必要がある」
「? ただ鞄に入れるだけじゃない」
「だめだ。多分、これがくる」
 そう言って僕はノートに大きく「持ち物検査」と書き、丸で囲う。
 今まで抜き打ちで行われることもあったけれど、全生徒を検査していては骨が折れるため、対象はある程度絞って行われる。成績優秀、品行方正な美七は顔パスみたいなものだから、考えが至らないのも仕方がないことだった。
 と、そこまで思って、違うのと美七が待ったをかける。
「チョコ禁止令は衛生面を考えてのことでしょ? なら持ち物検査だって衛生的にグレーだし、やらないんじゃないかって思うの」
 尤もである。チョコを渡す行為と、荷物をひっくり返す行為、どう比較しても後者の方が接触が多い。でも、学校が問題にしているのはそこじゃない。
「単に接触の多寡を問うただけではないんだ。既製品を渡すだけならまだいいけど、中には衛生的とは言えない手作りが混ざっているかもしれない。そこまで確認してられないから、全面禁止なんだ。そうすれば、所持してさえいれば摘発できるからね。……それに」
「それに?」
「大人は馬鹿だから、体面を保ちたいあまり、時に目的と手段が入れ替わることがある。常に合理的なわけじゃない」
「そういう捻くれたところ、変わらないよね……」
 美七は苦笑しながら頬をかいた。
「まあシカちゃんの言う通り、持ち物検査があると思っておいた方が安全だよね。なければラッキーだ」
 その通り。万全を期することに、やりすぎはないのである。
「で、どうクリアするかだけど」
 今回はいつもの検査と標的が異なる、というのが厄介だ。チョコの検挙となると、対象は女子生徒になる。いつもは顔パスで済む美七も、網の目にかかってしまうのだ。カモフラージュでもしないと、発見される可能性が高い。
 案を書いては、ばつ印で消していく。そうやって|虱《しらみ》潰しにしているうちに、美七が妙案を思いついたのか、勢いよく挙手した。
「シカちゃんにチョコを持って入ってもらうっていうのはどう? 男子が持ってるとは鬼塚も思わないんじゃないかな。しかも、よりにもよってシカちゃんが!」
 よりにもよってとはどういう意味だろう。
 まあ、失礼千万なことは差し置いてもその案は却下だ。
「その後、校内で来栖にチョコを返す行程が生まれる。その瞬間を目撃されると厄介だ。出来ればやりたくないな」
「うーん、そっか。ただでさえXくんにチョコを渡す瞬間はリスクが高いもんね。その機会を二倍にするのはよくないか」
 なんだXくんって。さりげなく誰に渡すつもりなのか聞こうと思っていたのに、容疑者みたいな仮称によって、その目論見は閉ざされてしまった。
「パッケージはどれくらいの大きさなの?」
「んー……文庫本サイズ、かな。厚みも三センチくらい」
 ふむ、分かりやすい表現で助かる。思っていたよりは小さいし、隠すこと自体はそこまで難しくなさそうだ。
 美七が続ける。
「お弁当の袋に隠すのはどうかな?」
「弁当とチョコは食品だから、隠し場所としては連想しやすい。見破られる可能性が高いよ。それに、来栖は購買でしょ? 弁当はどうするの」
「そうでした。じゃあ、ジャージと一緒に……いや」
「それこそ衛生的に……」
 咄嗟にそう答えて、しまった、と口を押さえたのだが、結論を言うと既に遅かった。
「私が汚いみたいじゃない」
「ごめん、失言だった」
「それもフォローになってないからね? ……でも、やらないってことには同意ね。よくよく考えて、普通に恥ずかしい」
 ここは失礼千万の痛み分けと行こうじゃないか、と平謝りをする。ものの言い方というのは難しい。
「うーん。別に鞄の中じゃなくてもいいんだよね?」
「そりゃ、隠し通せるならどこでも」
「ブレザーの内ポケットはどう? 女子にボディチェックなんか、流石にしないよね」
 ふむ、と顎を撫でる。確かに昨今はセクハラだのなんだとうるさいし、相手が男性教師なら接触行為は避けてくるかもしれない。
 けれど、恐らく美七は、大きな思い違いをしている。
「来栖。鬼塚は、女だよ」
 同性なのだから、ボディチェックも何ら問題がないのだ。それに、例え鬼塚が男だったとしても、風紀委員の女子生徒に頼めば済む話である。確かにコートなどを羽織る分、ブレザーの内ポケットというのは見つかりにくい場所かもしれないけれど、確実性に欠けるように思う。なのでやはり、これも却下だった。
「あ、あれ? そうだっけ」
 自分に関わりのない教師の認識など、そんなものかもしれない。鬼塚という苗字も、女性にしては厳つい印象である。
 どの手も今一歩だ。他に持ち物はペンケースや教科書ぐらいなものだけど、ペンケースにチョコは入らないし、教科書の間に挟むなんてのも古典的すぎる。けれど鬼塚だって、僕らだけを相手にしているわけじゃない。そこまで念入りには調べないはず。
 つけ入る隙があるとすれば――
「来栖、鞄の中を見せてくれないか。確認したいことがある」

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