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そくせき

作:鳶沢ちと [website]

来栖美七のオペレーション・オーガスレイヤー? - 1.オペレーション、着任!

ノベルアップ+様にて「恐怖のチョコ三題噺」と題して行われたコンテストに応募した作品です。
お題は「恐怖」「チョコレート」「告白」。
 二月十三日、僕は|来栖美七《くりすみなな》から呼び出しを受け、美術準備室に訪れていた。
 明日が休日ならば、もしやバレンタインチョコを貰えるのではないかとどぎまぎも出来ただろうけれど、生憎明日は平日で、普通に学校がある。となればわざわざ今日チョコを渡す理由もなく、そのため僕は至って平然としていた。
 美七とは幼稚園からの顔見知りだった。友達というほど親交もなく、かと言って全く知らない仲でもない。高校生になった今でも、そんな距離感は保たれたままだ。何故かたまに相談事を持ち込まれることがあって、どうせ今日もそうなのだろうと、どこかつまらなく思いながら、硬い木の椅子に腰掛けて、ぼうっとその人を待っていた。
 準備室は静かなものだった。隣の美術室からしゃっしゃと鉛筆がキャンバスを引っかく音が漏れ、時おり運動部の掛け声が、窓越しに遠く、篭って聞こえる。適度な雑音は心地がいいもので、二月の底冷えさえなければ、うとうとしているところだった。
「寒っ」
 そう独り言ち、身震いさせる。すぐ済むからと言われていたけれど、コートとマフラーを装着してきて正解だった。それでも、僕の手足はすっかり冷え切っていた。
 美術室の方からがらり、と音が聞こえる。女性同士の話し声がしてきて、片方は美七だということが分かった。場所を貸してくれた美術部員に軽く挨拶をしてからこちらに来るのだろう、と思っていたら、間もなく室内扉から美七が姿を現した。
「シカちゃん! ごめん、お待たせ」
 手を合わせて謝罪しながら、愛嬌よく言うのだから、僕はまあいいけどと返すしかなかった。シカちゃんとは僕、|大鹿郁人《おおがいくと》のことで、鹿だけ取って、シカちゃんである。
 陰気な僕と違って彼女は人当りがよく、それでもって美人に部類する。昔から整っているとは思っていたけれど、ここ最近はどんどん磨きがかかっていて、遠い存在のように思うことが多くなった。
 そんな美七が、一体この僕に、どんな用があるのだろう。
「えっと、今日はお願いがあって呼んだんだけど……明日、何の日か分かるよね?」
「木曜日」
「ちが……くもないけど。バレンタインでしょ」
 まあそうだね、と返す。ここで一足お先に――なんて展開も片隅に過ったけれど、それがないことは重々承知していた。僕が陰気で冴えないということはさもありなん、しかしそれとは別に理由がある。
 うちの高校では、校内でのバレンタインデーチョコの譲渡を全面的に禁止しているのだ。衛生的な問題があって、今年から禁止令が発された。それはそれは口々に文句が出たものだが、みな事情を顧みて、今に至る。だから、美七もここでチョコを渡そうなどとはしない。
 そう思っていたのだが、その予測は、思いもよらない形で破られるのだった。
「明日、とある人に、チョコレートを渡したいの」
 僕は、誰に? と問いかけようとして、ぐっと飲み込んだ。
「それを頼むということは、恐らくだけど、禁止されている校内での譲渡をしたいってこと?」
「うん、そう、明日。ちゃんと気持ちを伝えたいの」
 あまり公には出来ない話だ。それで、人のいない美術準備室だったのか。
 かなり無茶な用件だった。禁止令が出たからとて、先生方や風紀委員がそれで|胡坐《あぐら》をかくでもない。十中八九、警戒網が敷かれるだろう。美七はその警戒網をかいくぐって、チョコレートを渡せるように手引きしろと言うのだ。犯行がバレれば、美七だけでなく僕まで罰を受けることになる。はっきり言って、そんなリスクを背負う筋合いはない。
 そう頭では分かっていても、僕の双眸には、美七の真剣な眼差しが映り込む。
 ああ、だめだ。僕はこれに弱いのだ。ひとたびその瞳に捉われてしまえば、僕は油の切れたブリキ人形のようにぎこちなく、首を縦に振るしかないのだった。

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