新都社×まんがおきば連携作品

ひとときの暗がり

作:しもたろうに [website]

高校一年生 - (31)卒業式

翌日になっても激しい鼓動は続いていた。

人の心臓は一定数の鼓動を打った後、止まると言われている。

その説が事実であるのならば、この1日で局長の寿命は10年縮まっただろう。

それくらいの激しい鼓動がずっと続いている。

局長は努めて冷静を装い、改めて黒崎とのやり取りを読み直す。

読み直した局長は、唐突にこれまでシータの活動を通して録音してきた音源データを1枚のMDにダビングし始めた。

そしてその間に、一心不乱になって守山明美の似顔絵を描き続けた。

局長は守山の写真を持っていない。

記憶だけを頼りに何枚も何枚も守山の似顔絵を描き続けた。

自分の頭の中にある理想の顔ではない。

本当の守山明美の顔を白い紙の上に表現しようとしたのだ。

「違う。もっと目が細くて…団子っぱなで…そう、丸顔のホンコンさんのような…」

想いは自然と言の葉となって口からあふれ出す。

人見知りと言う言葉など生温いほどの人見知りである局長は、この段階に至って自分が守山の顔を実は一度たりともしっかり見た事がないことに気が付いた。

写真もなく、当然本人もいない。

記憶の中にあるその顔は、まるでモザイクでもかかったかのように薄らぼやけている。

何度も何度も守山の顔を思い出そうとする。

アダルトビデオのモザイクを脳内で取り除くようにぐるぐると思いをめぐらせ、その先にあるぼんやりとしたイメージを必死で紙に写し取ろうとした。

だがしかし、どうしても納得がいかなかない。

局長は、20枚ほど似顔絵を描き終わると、静かに愛用の油性ボールペン「HI-TEC-C」を机の上に転がし、そのまま机に突っ伏して、天板に頭をゴンゴンゴンと数度ぶつけた。

その体制のまま動かない。

数分。

もしかしたら、数十分だったかもしれない。

不意にバッと頭を上げると、それまでに描いた20枚ほどの似顔絵を机の上に無造作に並べ、そのまま自室を出て行った。

自転車にまたがり、向かった先は近所の100円ショップ。

そこで目につく限りの造花と包装紙、リボンを購入した。

自室に戻ってきた局長は、買ってきた造花と包装紙、リボンで小さく不格好な花束を作り上げた。

MDコンポから「ピピッ」と音が鳴る。

ダビングが完了したようだ。

少し時間を置いたことで客観的になった頭で、机の上に並べた20枚ほどの守山明美を見る。

その中で一番自分のイメージに近い絵を手に取った。

次に、犬小屋での練習中に遊びで録音した音声データをMDにダビングし始めた。

そして、MDに収録した楽曲の歌詞をルーズリーフに書き写していく。

歌詞を書き綴ったルーズリーフを一つにまとめ、シータの楽曲と音声データが限界まで収録されたMDをケースに入れ、最後のページに両面テープで貼り付けた。

そのルーズリーフを選んだ似顔絵の紙で包みこむと、何となくプレゼントらしきものが出来上がった。

窓の外は真っ暗。

気が付けば、夜になっていたようだ。

手汗でよれよれのコピー紙で包んだMD付きのルーズリーフと造花で作った花束を机の上に置き、局長はベッドに転がるとそのまま眠りについた。

気が付けば、鼓動は落ち着いていた。



3月9日。

ニュース第一高等学校の卒業式当日がやってきた。

実に不格好なプレゼントと造花の花束を無造作にバッグに詰め込んだ局長は、いつもより少し重い足取りで学校までやってきた。

学校までの道沿いに植えられている桜の花は、少しつぼみが膨らみ始め、ふんわりとピンク色になっていた。

卒業の門出を祝うかのような透き通った青空…ではなく、局長の心持ちを慮ったかのようなどんよりとした曇り空だ。

ニュース第一高等学校では、卒業式に出席するのは3年生と2年生だけで、1年生は学校自体が休みになる。

3年生の保護者が出席する関係で、全校生徒を体育館内に収容することが出来ないためだ。

だが、部活動などで3年生と関わりのある1年生は、卒業式後に卒業生の門出を祝うため、体育館前で待つと言う慣習があった。

局長は当然の様に1人、ぽつねんと体育館横で立っている。

少しすると、「お!お前も来たのか?」と言う声が聞こえた。

振り向くとタクヤが小走りでこちらに向かって来ていた。

片手には小さな花束を2つ持っている。

「卒業お祝い?」

「まぁな。色々世話になったし。お礼くらい言わないと。お前もだろ。」

緊張しているのか、少し硬い笑顔でタクヤは笑った。

「その花束は?」

「あぁ…いや、手ぶらだと微妙かなと思って…そこの花屋で頼んでおいたんだよ。これ、一応お前の分。」

そう言うと、タクヤは手に持っていた2つのうち1つの花束を局長に手渡した。

「もしオレが来てなかったらどうするつもりだったんだよ。」

「いや、お前は来ると思ってた。あと、この花束の代金はくれ。」

「相変わらずの守銭奴だな。」

「最近、スタジオ練習多くて金がないんだよ。」

「マイノリティーボックス?」

「…まぁな。」

「楽しい?」

「どうだろうな。別に良いんだけど、やっぱりなんか違うんだよなぁ~まぁ、その話はまた今度にしようぜ。今日は部長のお祝いだ。」

局長は、まだマイノリティーボックスのメンバーと馴染めていないかのようなタクヤの発言になぜか少しホッとした。

「と言うか、お前は手ぶらなのか?」

「これ作ってきた…」

そう言うと、コピー用紙で包んだルーズリーフをバッグから取り出した。

何となく造花の花束はバッグから出せなかった。

「題して「朝日が目に染みた赤フン達」。シータの音源集。」

「ああ。この前言ってたヤツ。本当に作ってたんだな。」

「オレは嘘をついたことがないんだよ。」

「と言う嘘を今ついたけどな。」

「うるさいな。」

そう言うと、2人はわざと大げさに笑いあった。

そのタイミングに合わせたかの様に、体育館の入り口付近でざわめきが聞こえ始める。

どうやら卒業式が終わり、3年生が出てきたようだ。

「行くぞ。局長。」

「あ…ああ。」

いそいそと体育館入り口に向かい、出てくる3年生の列から守山の存在を探す2人。

だが、どこにも守山の姿は見つからない。

「居ない…?」

「そんな事ないだろ。見過ごしちゃったのか。」

「いや、ちゃんと探してるんだけど…」

「…今日休みって事はないよな。」

「それはないだろう。」

3年生の列が途切れ始めてもまだ、守山の姿を見つける事が出来ない。

続いて、保護者と2年生が出てき始めている。

「なぁ、校門の辺りで待つか。」

「そうだな。それなら流石に見過ごしはしないだろうし。」

少し焦り始めた二人はそう言うと、まだ誰もいない校門側に移動した。

「しばらくは誰も来ないだろうし。のんびり待とうぜ。」

「だな。」

「今日ムラヤンとかウルオは来てないのかな…」

「あいつらは来ないだろ。」

「ウルオは来なさそうだけど、ムラヤンは来るかなと思ったんだけど。」

「いやぁ。こういう場には来ないんじゃない?」

「ところで、さっきお前のバッグの中ちらっと見えたんだけど、もしかして花束持ってきてた?」

「ばれてたか…」

そう言うと、局長はしぶしぶとバッグから造花の花束を取り出した。

「…!?これ造花じゃないのか」

「そう。一昨日100均で買ってきた。」

「なんで?」

「お花屋さんでオレが花束を買えると思うか。常識的に考えてみろ。」

「…お前らしいな。なんか涙ぐましすぎて泣けてきたよ。」

「涙もろいな…その涙は、守山部長にでも捧げてやれって。」

「お前の分まで用意してやる必要なかったのか。」

「いや、やっぱり花束は造花じゃダメだよ。本物の花束見てそう思った。」

ずっと手に持っている花束は少し萎れつつあった。

校舎からは3年生が出てき始めている。

校門には「ニュース第一高等学校 第89回 卒業式式典」と言う立て看板がかかっており、出てきた3年生たちは保護者や友人たちと一緒に、その看板の前で次々と記念撮影をしていた。

変な感じで写真に写り込むことを懸念した局長とタクヤは、校門から移動しエントランスの真ん中にあるベンチに座った。

そこからなら、帰っていく3年生を見ることも出来るだろう。



………

…………

生徒の列が途切れ始める。

ここに至ってもまだ守山の姿を見つけることが出来ない。

「嘘だろ…」

局長が諦めたようにつぶやいた時、背後から「あれぇ?どうしたの」と声が聞こえた。

振り返るとそこには、守山明美。

「おおおおおおお!部長!!探しましたよぉおおおお。」

タクヤが立ち上がりながら、大げさに叫んだ。

「だから、もう部長じゃないって。」

右手を左右に振りながら、守山は答えた。

左手には花束をいくつか抱えている。

「どこにいたんですか?」

局長は出会えたことにひとまず安堵しながら、ベンチから立ち上がった。

「さっきまで部室に居たんだよ。くーちゃん達がお祝いで花束をいっぱいくれてさ。そこに1年生誰も居なかったから、来てくれなかったんだと思って…チョッと寂しかったんだよ。」

「まぢっすか?オレら、ずっとここで部長が来るの待ってたんですよ。お祝いしない訳ないじゃないですか!」

「そうだったんだ。それは悪いことしたね。待たせちゃってゴメン!」

守山は手に持っていた花束を局長たちがさっきまで座っていたベンチに置き、気を付けの姿勢を取った。

「あたしの高校生活、なんかさぁ凄くイマイチだったんだけど、最後の1年間は2人のお陰で凄く楽しかったよ。ありがとうね。」

そう言うと本当に90度になるほど深く頭を下げた。

タクヤは何だか少し涙ぐんでいる。

「こちらこそです!オレ…演劇部での1年間、めっちゃ楽しかったです!あと、トイレ裏も!」

そして「改めて、卒業おめでとうございます!」と言いながら手に持っていた花束を差し出した。

「ありがとう!うわ!何だか生温かい花束だ!」

受け取りながら守山は満面の笑みを浮かべた。

「ほら局長!お前も。」

タクヤが局長を肘で小突きながら、守山の前に押し出す。

唐突に、先日の黒崎のメールが思考をよぎった。

『そう言うのをさ、「好き」って言うんじゃない?』

黒崎とのやり取りの中で、局長の中の守山のイメージは確実に変化していた。

『あの人結構男と女で対応変わるんだよ。』

『近づけたくなかった節は絶対あったよ。』

黒崎の言葉が更に次々と局長の脳裏をかすめる。

だが。

だがしかしだ!

高校に入学してからの1年間を思い出す。

人生で初めて自分以外の誰かに作品を読んで貰ったこと。

初めてのライブハウス出演を見に来てもらったこと。

練習中のふざけた態度を叱責されたこと。

部活をさぼって迷惑かけたのに迎え入れてくれたこと。

付喪神を認めてもらったこと。

ずっと一緒に居て演劇を作り上げたこと。

トイレ裏で毎日一緒に弁当を食べたこと。

映画を見に行ったこと。

それから…

それから、それから、それから…

それから、それから、それから、それから、それから、それから…

目くるめく様に数々な場面が溢れ出してくる。

それも鮮明に。

今日ここに来たのは、もう一度守山に会い、自分の気持ちを確かめるためだ。

本当に黒崎が言う通り「好き」なのかどうかを確かめる。

確かめた結果、黒崎の言う通りであるなら一思いに告白しよう。

そのために一心不乱で思いつく限りの準備をしてきたのだ。

「あの…部長!!」

局長は、精一杯の大きな声を出し、おそらく人生で初めて人の顔を正面から見た。

モザイクのかかった薄らぼんやりした「顔のようなもの」ではなく、しっかりとその顔を、そして表情を、笑顔を、記憶に刻み込むために。

守山の笑顔を正面からしっかり見た瞬間、答えは出た。

高校に入学しても、クラスではこれまで同様に誰からも相手にされなかった。

色々と作戦を立てて実行してみたが、すべて空振りに終わった。

未だにクラス内に友人と呼べる存在は一人もいない。

それでも局長にとって守山と過ごしたこの1年間は、これまで生きてきた人生の中で間違いなく確実に一番楽しかった。

もう少し守山と一緒に時間を過ごしたい。

告白をした結果、粉々に散ってしまってもいい。

それでも、この思いだけはどうしても、今、目の前にいる人に伝えなければいけない。

伝えよう。

「好きです」と伝えよう。

心の底から思いを素直に伝えれば、きっと何かが変わるはずだ。

局長は覚悟を決めた。

「部長!…オレ…」

さらに大きな声を出した。

刹那、人見知りの悲しい性なのか、つい一瞬守山から目線を外してしまい、涙ぐみつつ気持ち悪くニヤけているタクヤの顔が視線に入ってきた。

秒速で低下する熱意。

「オレ…」

「オレ…」

「オレ…」

「オレ…と…」



……

…………

「オレと一緒にハワイに行ってください!!」

そして謎の告白。

守山は「え…」と一瞬戸惑ったあと、「何それ!」とケラケラ笑いながら、「もちろん良いよ!」と答えた。

一世一代の告白をタクヤの目の前で行うと言う事実が局長を思い留まらせてしまった。

「自分の決意」、「伝えたい思い」、「タクヤの存在」、「秒速で低下した熱意」。

その全てが複雑に混ざり合い、気持ちを伝えたいけれどもタクヤに悟られない絶妙なラインを探し出した結果、「ハワイに行ってください」と言う誰にとっても謎の告白となったのだ。

守山の戸惑いも当然であるとしか言いようがない。

しばらくの無言。

「……あっ!そうだ!高井君も京都に…って言うかニュース大学に来なよ!大学で待ってるからね!絶対だよ!」

守山は良い事を思いついた!と言うリアクションと共に、局長に提案した。

「オレの学力じゃ、今のところ絶対無理ですけど、頑張って勉強します。えっと…卒業…おめでとうございます…」

局長は力なく手に持った花束を差し出す。

「ありがとう!」と言いながら花束を受け取る守山。

「部長オレも頑張ってそこの大学行っても良いですか?」

「もちろんだよ!浦沢君と高井君が同じ大学に来てくれたら、私の大学生活も楽しくなるだろうなぁ。」

守山は楽しそうに、理想のキャンパスライフを想像しているようだ。

守山とタクヤの会話をよそに、茫然自失する局長。

これは何なんだろう。

オレは何をしているんだろう。

オレは一体誰なんだろう。

いつも闇の帝都でやんちゃしてるけど…

なぜか頭の中で、サザンオールスターズの「01MESSENGER~電子狂の詩~」が流れ始める。

「はっ」と、ふと我に返った局長は、いそいそとバッグからコピー用紙で包んだルーズリーフを取り出し「コレ!約束の音源集です!」と守山に手渡した。

「あああああああ!ホントに作ってくれたんだ!!うれしぃい!」

「はい!あ…あと、これ包んでる紙には、部長の似顔絵描きました。」

「うわああ凄い!凄い!似顔絵も書いてくれたんだ。」

守山は「これは宝物にしないと。だね。」と言いながら、不格好なプレゼントをまじまじと眺めている。

「はい。あ…でも、写真とか持ってなかったので、あんまり似てないかも…でも!一生懸命ホンコンさんの顔を思い出しながら描いたので。」

「え…ホンコンさん?」

笑顔だった守山の顔がこわばる。

「ホンコンさんってどういう意味?」

予定調和のような局長の失言。

「え~と…いや!あの!!ホンコンさんじゃなくて、目の細さがまるでホンコンさんみたいと言うか…ホンコンさんそっくりな顔と言うか…」

理路整然とは180度違う迷宮レベルの言い訳を繰り返す局長。

「お前…流石にホンコンさんはダメだろ…」

タクヤはただ苦笑いを浮かべている。

「いや!え~と…えぇええとぉぉおお!卒業おめでとうございますぅうううう!」

追い詰められた局長は何を思ったのか、そう言うと自分の作った造花の花束を引きちぎりながら空へ向かって投げ捨て始めた。

前代未聞の造花の花吹雪だ。

タクヤもそれに乗っかり「おめでとぉぉお!おめでとぉぉ」と叫んだ。

「おめでとおお」

「おめでとおおお」

「おめでとぉお」

「ほんこぉおおおん!!」

「おおおん!!」

「おおおおおおおおおおん!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおん!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!」

繰り返される謎の咆哮。そして、ボタボタと落ちてくる造花の花吹雪を見て「プッ」と守山が噴き出した。

「はははははは…何だか良く分からないけど…ありがとうね!」

こわばっていた守山の顔に笑顔が戻っている。

「じゃあ、あたしそろそろ帰らないと。お母さんが駅で待ってて、そろそろ電車の時間なんだ。」

そう言うといつものようにくるりと1回転し、ベンチに置いた花束を手に持った。

「また夏には帰ってくるから、その時には遊んでね!」

そして、花束を持った手を振りながら守山は校門に向かう。

「ホントにありがとね。」

もう一度振り向きペコリと頭を下げると、そのまま学校を出て行った。



……

………

…………

「お前、ホンコンさんはダメだろ。」

「ホントは、写真も持ってなくて、顔もちゃんと見た事ないので、何となくイメージが近い気がしたホンコンさんの顔を思い出しながら、実物に近い絵を描いてみました。って言いたかったんだよ。」

「いや、どちらにしても絶望的失言だ!それ!」

守山が見えなくなったことを確認し、2人は大声で笑いあった。

「って言うか、何だよハワイに行ってくださいって。意味不明だろ。」

局長もなぜハワイだったのか、全く理由が分からない。

もう少し何か言いようがあっただろう。

「なぁ。」

そう言うと、また2人笑いあった。

「さて、この造花を拾って帰りますか。」

タクヤはそう言いながら散乱した造花の破片を手で拾い集める。

「捨て置くわけにはいかないよな。造花だし。」

局長もそれに続く。

気が付けば、周りには誰もいなくなっていた。

こうして守山明美はニュース第一高等学校を卒業していき、局長にとって、人生16年の中で最高レベルに濃厚で濃密な1年間は終わりを告げた。

だがしかし、これから先の高校生活に比べれば、この1年などほんの序章に過ぎない事を、局長はまだ知る由もなかった。

しもたろうに 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

TOP

twitterみたいなSNS 「meow」 「めんへらんど」 やってます

loading...