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そくせき

作:鳶沢ちと [website]

早川千奈に、もう一度弾丸を - 2.天使の噂

 この十年僕たちは、様々な方法で早川を成仏させようとした。
 闇雲にやりたいことをやってみたり、記憶に探りを入れたり、お祓いに行ってみたり。そのどれもが不発だったことは、現状をご覧のままである。僕も早川も、正直そろそろ手詰まりなのを感じていた。
 だから今回、自信ありげに「試してみたいことがある」と言った早川は、僕の目になんと頼もしく映ったことか。
「古綴、知ってるか? この村には、天使が現れるんだとよ」
 その口から出てきたものは、極めて荒唐無稽な話だった。
「天使。天使だって?」
 今でこそ東京に身を置いているが、僕だってこの村で生まれ育ったのだ。二十年近くは住んでいたことになるが、そんな話は聞いたことがなかった。この老い、寂れた村に、今更新しい噂話が立つのだろうか。頼もしさは、途端に懐疑的になった。
「そう、天使だ。曰く、『星降る夜、あぜ道に天使が現れる』。どうだ、それっぽくないか?」
「そんな話、どこで聞いてきたんだよ」
「近所の潰れかけのスナックだ。ババアを肴に常連のジジイが焼酎あおってたぜ」
 脱力せずにはいられなくて、僕は大袈裟に肩を落とした。酒飲みの与太話を以ってして、あの胸の張りようだったのか。
 ていうか相変わらず口が悪いな。
「酔っ払いの|戯言《たわごと》でしょ……」
「バッカお前、情報収集には酒場がツキモンだろ」
 それは人が集まり、酒で口が緩むから成立する話だ。店主と常連の二人では井戸端会議が関の山である。
 僕の突っ込みを待たずして、早川がまくし立てる。
「それに、だ。戯言と|唾棄《だき》するには、ちょっと具体的だと思わないか? なんつーか……RPGゲームで村人が臭わせてくるみたいなさぁ」
「分からなくもないな。『星降る夜』とか『あぜ道』とか、思わせぶりなワードがあるのは気になる。本当にそう言ってたの?」
「ジジイの|呂律《ろれつ》は回ってたぜ。嘘八百でもねぇんじゃねーの」
 投げやりな理屈だが、大した情報や|代替《だいたい》案を持たない僕からすれば、強く否定することも出来なかった。
 早川が続ける。
「天使と言えばお迎えだろ? 正直、あたしは自力で成仏することが難しいんじゃないかって思ってる」
 それは、十年という時間の経過が物語っていることだった。
「だから、噂の天使に成仏させてもらおうってわけか。まあ、僕よりは頼りになるだろうね」
「あ、拗ねんなよ」
 そう言って早川は僕の肩を肘でぐりぐりした。別にそういうつもりで言ったわけじゃないんだけど。
 早川は幽霊だ。基本的に物理的干渉は出来ず、物体をすり抜けてしまうのだが、対象物を意識することで触れられるようになるらしい。だからちゃんと肘が当たる感触はあるし、そのことが早川の存在を証明し、主張していた。幽霊に干渉されることを嬉しく思うのは、少しおかしなことかもしれないけれど、僕は早川を実感することで、帰郷の安堵に似た何かを覚えるのだった。
「へへ、やっと笑ったな。お前、結構疲れた顔してんぜ。今日のところはさっさと寝たらどうだ?」
 確かに、長距離の運転はもちろんだが、それ以前も盆休みを獲得するために随分前倒しに仕事を片付けたので、疲れが出ているのかもしれない。あの大雑把な性格をしている早川に指摘されたのでは、相当顔に出ていたのだろう。
「寝るにはちょっと早いけど、そうするかなぁ……」
 言いながら、ぐぐっと伸びをする。
「明日、暇か?」
「後で確認しとくけど、どうせ多分一日暇」
「じゃ、他に案が無きゃ探そうぜ、天使サマ」
 そう言って早川はにかっと歯を見せて笑った。
 目的が彼女の成仏じゃなければ、この宝探しみたいな時間を純粋に楽しめたのに。早川と過ごす僕はいつも、ちょっとだけ複雑だった。

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