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そくせき

作:鳶沢ちと [website]

早川千奈に、もう一度弾丸を - 1.帰省

田んぼ、天使、アナーキー の三題噺です。
お題はmeowのねこから
 東京の自宅から車で六時間。慣れない長時間の運転に気力をごっそり削がれた僕は、実家に到着するなり、がらんどうになった自室の畳に転がっていた。エアコンがなくても風が吹き込めば汗が引くような気温はド田舎の優れている点の一つであり、都会の酷暑には戻れないな、などと思いながら、田舎の不便さという都合の悪い部分は考えないようにしていた。
 間もなく日が落ちるという時頃、未だに蝉は鳴き声を響かせていた。その生命を|雄邁《ゆうまい》と全うしているのだと思えば、うるさくはない。東京ではあまり聞かなくなったなと思いを馳せながら、うるさくはないが、体感温度が僅かに上昇しているような、そんな暑苦しさを感じていた。
 母の要らぬ世話をしっしとかわした後、そろそろかなと腕時計を一瞥する。ごろごろと少し落ち着かないような時間をしばらく過ごしていると、子憎たらしい声が背中から聞こえてきた。
「よう、正月ぶりだな|古綴《こてつ》。相変わらずのシケた面ァさげてんのか?」
「面の文句なら親に言ってくれ、|早川《はやかわ》」
 ごろんと向き直って、そのシケた面とやらを見せてやる。
「あっはっは、言って直るのなら、いくらでも言ってやるけどね」
 悪友のようにやり取りをするのは、早川|千奈《ちな》。男勝りで口の悪いやつだが、容姿は少し幼げではあるものの人目を惹くほどに可憐である。そして、その美貌を自覚している。自慢の黒いロングヘアをさらりとかき上げ、会えたことを光栄に思うがいい、と言わんばかりに、尊大にふふんと鼻を鳴らす。
 そして、剛胆で気持ちがいいやつでもあった。男に産まれていればそれはそれはモテただろうに、まあ、こんなんだから男友達は多く、僕もそのうちの一人だった。可愛い顔はしているけれど、その性格のおかげで変な遠慮をせずに済んでいるのだ。
「よっこら……せっと」
 早川にあてられて英気が少しだけ回復した僕は、畳の重力から身を剥がすように起き上がる。
「あーあー、すっかりオッサンくさいやつだな。そろそろ加齢臭でもするんじゃないのか」
「流石にまだ大丈夫でしょ……」
 早川は僕の首元をすんすんした。なんだかにやにやしているけれど、僕を脅したいだけだと思う。……多分。
「で、今年はどうするの?」
 彼女に伺い立てるのは、遊びの相談でも、法事の面倒なあれこれでもない。
 そもそもなのだが、僕が毎年律儀に盆休みの帰省をするのは、家族にというより、彼女に対して義理立てがあるからだった。
 彼女は、早川千奈は、|既に死んでいる《・・・・・・・》。
 今から十年前のこと。不慮の事故によって、彼女は十六歳という若さで息を引き取った。しかし、この世を去ることまでは出来なかった。
 幽霊として、存在を残してしまったのだ。
 人の魂が幽霊として現世に残ってしまう原因は、およそ相場が決まっている。やり残したこと、誰かへの恨み。つまり〝未練〟があることに起因する。その筈なのだが、早川には未練と言うべきそれがない。正確には一部記憶の混濁があり、未練がはっきりしないのだという。それにも関わらず、彼女は幽霊になってしまった。
 つまり彼女には、成就すべき願いがない。成仏する術を持たないのである。
 事故現場に献花しに行く僕と出会ったのは、彼女にとって僥倖だった。事情を知ったその時から、僕は彼女を手伝い続けている。お盆休みの僅かな期間。それは、僕が彼女を成仏させるために宛がう時間だった。
 あれから十年経つ。クラスメイトだった筈の僕たちは、生徒と教師でもおかしくないくらい、歳の差が開いてしまっていた。
「それなんだがな、古綴。ちょっと試してみたいことがある。聞いてくれるか?」
「もちろん」
 僕はそのために、帰ってきたのだから。

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