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そくせき

作:鳶沢ちと [website]

来栖美七のオペレーション・オーガスレイヤー? - 4.オペレーション、失敗?

 今朝は早くに目が覚めたので、必然的に家を出る時間も早くなった。スニーカーの靴紐を結び直し、踵を慣らす。近頃は朝でも暖かく、マフラーをしていると汗ばむくらいだった。
 そうなると、こうなる。
「へくちっ」
 悲しいかな、花粉症である。僕は春の訪れを、一番に鼻で感じるのだ。
「鼻炎の薬も入れといたから。はい」
「ありがとう」
 姉貴から弁当を受け取って、鞄に突っ込む。最近彼氏が出来たという姉は、料理の練習といって弁当を作ってくれるのだ。たまに炭をおかずに白米をつつくことになるのだが、今日はキッチンが焦げ臭くなかったので大丈夫だろう。
 行ってきます、と告げながらドアハンドルを押した時、足元からぶちっと嫌な感触がして、僕は歩みを止めた。
「姉貴。靴紐の予備、ある?」
 あまりにベタな不吉の報せに、僕はまさかねと嘆息した。

   ◆

 ホームルーム、そのまさかだった。教壇に立つ鬼塚を前に、僕は額に脂汗を浮かべることになった。
 鬼塚と風紀委員の目をかいくぐり、Xくんにチョコを渡す計画は、打倒鬼塚の意味で、美七によって<オペレーション・オーガスレイヤー>と名付けられた。いや、殺しが目的ではない。
 計画の概要はこうだ。まず持ち物検査をスルーするため、鞄の底板の下にチョコを潜ませる。その後、ある所にチョコを仕掛けて、|Xくん自身にチョコを拾ってもらう《・・・・・・・・・・・・・・・・》。
 チョコの在り処まで、暗号でXくんを誘導するのだ。
 しかし肝心の暗号を考える前に、下校時刻を迎えてしまった。僕に用事さえなければ手伝いも出来たのに、残念ながらその場は解散となった。その後どうなったのか僕は知らない。
 いや、知らなかった。知らなかったのだけれど、鬼塚は冷厳な顔つきで、一枚の紙を掲げながらこう言った。
「今朝、暗号の書かれたメッセージカードをこの教室で拾ったと伺いましてね。見つけた日が日だけに少々疑念を抱いています。このカードに心当たりのある者はいませんか?」
 ある。とてもある。そんなものを用意するのは、どう見積もっても僕たちだけだ。美七は石像のように固まっていた。
 暗号が鬼塚の手中にある以上、チョコがXくんの手に渡ることはなくなってしまった。それはこの際仕方ないにしても、鬼塚の手に渡ることだけは避けたい。恐らく、美七のもとに二度と戻ってこなくなる。
 僕はこの場をどう切り抜けるか、必死に思考を巡らせた。
 美七がチョコを回収してくれるなら、それが一番楽だ。が、彼女の周りには常に人がいて、単独行動は期待出来ない。もちろん、僕がその輪に入ってチョコの在り処を聞く、なんて横着も不可能だ。人に聞かれる危険性は言うまでもないが、日陰者の僕はそもそも輪に入れない。
 スマートフォンでメッセージを送り合うことも可能ではあるが、生真面目な美七相手だと話が変わってしまう。始業から終業までは、スマートフォンの操作が原則禁じられているからだ。彼女は律儀にそれを守っている。
 つまり。
 僕が暗号を解き、回収する方が早い――という結論になる。
 しかし、鬼塚は肝心の暗号を開示しなかった。それでは困る。僕は暗号文の全貌を知らないのだ。
 僕は恐る恐る手を挙げた。
「内容を見せてもらえませんか?」
「私は心当たりがあるかを聞いています。内容を知る必要はありません」
 ぎろり、と鬼塚の三白眼がこちらを睨む。たじろぐものの、こっちも退くわけにはいかない。
「筆跡で持ち主を特定出来る可能性があります」
「無理ですね。手の込んだことに、新聞やチラシの文字を切り取って文章が作られていますから」
 センスが独特すぎる。意中の相手に犯罪予告文を渡してどうする、美七。
「なら、紙を見せてください。メッセージカードなら、その用紙を使っている人の心当たりがあるかもしれない」
「……いいでしょう」
 怖かった。席を立って、教壇にいる鬼塚からカードを受け取る。
 そこには、こう書かれていた。
『今朝は暖いですね。突然のお手紙すみません。この暗号をもし
 稚拙でつまらなく感じてしまったのならば、い
 っそ捨てても構いません。あくまでこれは前座。
 問題児な私をいつも見守ってくれるあ
 なたに、どうか贈り物が届きますように
 ヒント:今日は二月一四日』
 そして意味深に、行頭の「今稚っ問」が、一括りに丸で囲われていた。
「すみません、特に思い当たりませんでした」
 そう言って鬼塚にカードを返す。内容は暗記したので、もう必要ない。
 さて、ここからはスピード勝負だ。鬼塚や風紀委員よりも先に暗号を解いて、美七のチョコを回収しなければ。

   ◆

 一限目の現国を終えて、僕はとある場所に向かっていた。
 結論、僕は暗号を解いた。所詮は学生の考えた暗号だし、難しくはなかったけれど、少々知識を試される内容でもあった。或いは、鬼塚は苦戦するかもしれない。
 行頭を丸で囲っている通り、これは縦読み文だ。ひらがなに変換して「けちっも」。これでは意味が通らないので、ヒントを紐解いていく。
 今日は二月一四日。これは単なる日付ではなく、行数を示している。二行目、一行目、四行目の順に言葉を並び替えるのだ。すると「ちけも」となる。よって正解は「ちけも」――と、そんなわけはない。
 縦読みになっているのは、行頭だけではなく、行末もだった。「しいざあ」、つまりシーザーである。
 ポピュラーな暗号にとして、シーザー暗号というものがある。文字を三つ後ろにずらす、それだけの簡素なものだ。主にアルファベットで用いられるが、法則が単純なため、五十音にも適用は可能だ。「ちけも」を後ろに三文字ずらすと、「としよ」となる。
 僕はがらり、と|図書《・・》室の引き戸を開いた。
 我が校の図書室は利用者が少ない。以前図書委員をやった時も、日に二、三人の貸し出し履歴しかなかった。今も人の気配はなく、僕はしめたと思った。
 ここにチョコを隠すなら、単純に考えれば本棚。この蔵書数千冊の中からチョコを見つけ出――待て。数千冊⁉
 暗号を思い出してみても、ここから先を示すヒントはなかった。美七、もしかしてXくんに数千冊を総当たりさせるつもりだったのか。普通諦めるぞ。
 時計を一瞥する。二時限目まで残り五分。道程を考えると、捜索に使える時間は三分程度。鬼塚が答えに辿り着いたり、偶然第三者が発見したりする可能性を考えると、後回しにはしたくない。
 パッケージの特徴を思い出す。そうだ、美七はスケールの説明をするとき、文庫本サイズ、と言っていた!
 文庫本コーナーに向かい、背表紙を一つ一つ指さし確認――
「――あった!」
 チョコは本を模したパッケージだった。確かにこれを隠すなら、これ以上の場所はない。けれど美七、多分これはXくんにも見つけられないよ。
 僕はもう一度人がいないか見回して、ブレザーの内ポケットにチョコを隠し、その場を後にした。

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