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そくせき

作:鳶沢ちと [website]

飛文症 - 7.同罪

 紛失した眼鏡を差し出された吾妻には、茂木がどう映るか。自然に考えれば拾得者、つまり眼鏡を見つけてくれた人として認識するだろう。
 例えそれが、盗んだものをそのまま返しただけだったとしても、である。
「茂木は吾妻の隣の席でした。体育の授業になると、机の上に眼鏡を置いていくという吾妻の習慣を知ることは容易だったでしょう。眼鏡を返す際、『席の近くに落ちていたから預かっていた』と言えば疑われることはありません。もちろん、よほど素行が悪ければ話は別ですが、茂木は比較的大人しい生徒です。加えて、能天――人のいい吾妻のことです、悪い連想はしないでしょう。茂木もそれは折り込み済みだったと思います」
「つまり茂木くんは、桜の探し物を見つけることによって……」
「そうです。好感度を上げたかった、自身を誇示したかった。そういう自己主張的な欲求を満たしたかったんだと考えます」
「回りくどいな。つまり、桜のことが好きでアプローチしたかったわけだな?」
 先生の率直な物言いに、言い淀んだ。
「……僕の口からそこまではっきりと言う訳にはいかないです」
 茂木は飛文症として表れるほど、吾妻に嫌われたくないと強く思っていた。裏を返せば好意があるということで、先生の想像は概ね当たっていると言っていい。けれどそれは、僕が勝手に|盗み《・・》見た青春の舞台裏に他ならない。はいそうです、と無責任に語るのは憚られた。
「面倒な立場だな、君も。で、茂木くんの目的は分かった。それから小十郎はどうしたんだ?」
 そんな後ろ暗い僕には、茂木の行いを糾弾する権利もない。かといって目論見を看過することも出来ない。例えそれをきっかけに二人の関係が良好になったとしても、偽りはいずれ禍根になる。吾妻が不幸になる可能性を認知しながら放っておけるほど、僕は薄情じゃない。
 茂木が盗んだことにはならず、見つけたことにもならない。僕が取れる選択肢は多くなかった。
「教室に戻って、茂木を踊り場まで呼び出しました。『吾妻の眼鏡を持ってるんじゃないか?』と質問したら、あっさり明け渡しましたよ。僕からはそれ以上何も言っていません。それから関口に――クラスメイトの女子に適当な事情を話して、吾妻に渡してもらいました。よく廊下で話をしているのを見かける、グループの一人です。教室にいる吾妻に目撃されずに、頼み事をするには丁度よかった」
「全く思慮深いというか、徹底しているな。恐れ入るね」
 吾妻も呼び出しは認知していたし、その直後に僕から眼鏡を返してしまったら、茂木が犯人だと言っているようなものである。盗みは悪いことだけれど、飛文症を利用した僕も同罪だ。僕の中で貸し借り無しに事件を終息させるには、恐らくこれが最善の手だった。
「僕には説教を垂れることも、裁くことも出来ません。そんな立場も、権利も、傲慢さもない。せいぜいリセットボタンを押して、無かったことにするのが関の山です」
「私はそれを、美徳だと捉えるがね。お前は考えすぎだよ、小十郎」
「……かもしれません。薬を処方して貰わなかったら、今頃胃に穴が空いている」
「笑えない冗談だ」
 そう言って先生は、ほとんどかきむしるみたいに、僕の頭を乱暴に撫でるのだった。
次で最後です

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