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そくせき

作:鳶沢ちと [website]

飛文症 - 2.踊らされてはいけない

「で、また無駄足を踏んだと」
 ずばり物言う彼女は、かかりつけの心療内科医である。薬が切れるので、処方箋をもらいに来たのだ。
 それだけの間柄だというのに、先生はなぜか僕を面白がっていて、毎度ちょっかいを欠かさない。今日も煮え切らない僕の顔を見て、誘導尋問のように、先日の診療のことを吐かされてしまっていた。
「そろそろ諦めてはどうかな? 活字をこよなく愛する私からすりゃ、君の飛文症はまるで天国だよ。治すなんてとんでもない」
「どこが。話したでしょう、僕の目に見えているのは――」
「主に負の感情が文字になって表れる、だろう? 差し引いても、私にとっては天国だね」
「地獄ですよ。特に朝の電車はげんなりする」
 満員電車の中で負の文字列に溺れそうになって、字に酔う毎日。そんな気に中てられ、おかげでこうしてここにいるというのに、先生は僕を羨ましがる。めっぽう変わった人だった。
「文字に踊らされているうちは半人前だ。文字とは、一緒に踊るものさ」
 そう言って、社交ダンスを踊るふりをする。女性なのにポジションがリードな辺り、実際に踊ったことはないのかもしれない。
「散々聞きましたよ、それ。まるで意味が分からないですけど」
「いずれ分かる。保証はしかねるがね」
 要するにあまり気にするなという、先生なりの助言なのだろう。よく捉えてもその解釈が限度だった。
「で、他にトピックスは?」
「ありません。無駄話はいいので、さっさと出すもの出してください」
「失敬な、心身医学に基づいた診察だよ、これは。私は患者思いで仕事熱心なんだ」
 ご冗談を、と口走りそうになるのを、
「ご冗談を」
 止められなかった。
「手厳しいね。なら、帰った帰った。学生がこんなところで長居するものではない」
 人を引き留めておきながら、身勝手にしっしと手を払う。長居は誰のせいだと思っているのか。そう視線で訴えかけてから、留まる理由もないので僕は席を立った。
 そして、僕が診察室を去る時、先生は必ずこう言う。
「また会おう。できれば、ここではない場所でな」
 だから僕は先生を、こんなでも憎めずにいるのだった。

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