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さくら、さくら

作:みなと [website]

 吉野家の朝食は慌ただしい。

 村の大半を構成する高齢者は朝早くから診療所前でたむろするらしく、父親は毎朝早めに診療所へと向かうようになった。待合室だけでも先に開けておかないと老人には酷との判断からだ。

 咲桜といえば、分校まで徒歩15分とかなり余裕があるため、朝のうちに洗濯を済ませ、余力があれば好きな動画配信チャンネルを眺めるのがルーティーンになっている。
ただ、いくら面白い配信があったとしても、以前のように誰かと共有することはできなくなってしまった。SNSで繋がる友人はいるが、今はタイムラインを覗く気にはなれなかった。

 聞けば彩桜は連絡手段の類を持っていないらしい。
基本的に村からは出ず、街への買い物は家族で行くから必要ないとのことだった。

「ま、武雄さんが持ってても何話せばいいかわかんないもんな……」

 マナーモードにしたスマホを鞄に突っ込み、咲桜は制服をハンガーから外した。



 山村の分校は特殊な授業体制をとっていた。
常駐する教師は校長を兼務する引退寸前の老人がひとり。これも武雄彩桜が卒業するまでということだった。つまり3年後に学校は廃校となる。吉野咲桜はイレギュラーな存在だが、偶然にも彩桜と同学年なため、スムーズな編入措置がとられた。

 老校長はいくつかの教科を担当していたが、英語・数学や物理・化学などはオンライン授業や週1で出張してくる町の教師でカバーすることになっていた。
今日はその出張教師がやって来るはずだったが、急な予定変更で自習となってしまった。

 教室には咲桜と彩桜の二人きり。
町の学校教室に比べればかなり手狭ではあるが、それでも二人で使うには広すぎる。

 時折吹く風が、開け放した教室の窓にかかる白いカーテンをゆっくりと揺らす。
差す陽の光は暖かく、咲桜は何度か睡魔に負けそうになっている。

「そーそー、ちかっと聞いてくれん?」

 彩桜はそう言いながら、少し離れていた机を横並びにくっつけた。
ポケットから取り出されたものは、彩桜が必要ないと言っていたスマートホンだった。

「こい見てー、かわいかろー?」

 淡い藤色のスマホケースを咲桜に向けながら、彩桜はやはりふわっとした笑みを浮かべた。

「聞くのか見るのかどっち……」

 咲桜が軽く突っ込もうとしたが、彩桜はそれにかぶせるように言葉を繋いだ。

「LINEも入れたったい。登録してくれん」
「ちょちょ……っとまってよ。武雄さんそういうの要らないって言ってなかったっけ」

 彩桜は大事そうにスマホを撫でながら、満面の笑みで答えた。

「咲桜ちゃんと友だちになるっんやもん、そりゃ買うったい」

 咲桜はその笑顔に圧倒され、危うく椅子からずり落ちそうになっていた。
男の子なら秒で好きになっているだろう、と確信できるほどにその表情は可憐に映る。

 やはり武雄さんは掴みどころがなさすぎる。
咲桜は勢いに圧倒される形で武雄彩桜とIDを交換した。
困った時はスタンプで適当に流そう、咲桜はメッセージを交換する前から気まずくなった瞬間をシミュレーションしていた。



 4月が過ぎ、桜の木は鮮やかな緑の若葉を蓄える時期になった。
連休を前にしていながら気持ちの浮き立つ予定もなく、咲桜は休暇中の献立に悩んでいた。

 下校時に降り始めた雨と次第に勢いを増す風が、建て付けの怪しい窓をがたがたと揺らしている。
夕飯の準備をしようとしたその時、父親から「少し遅くなるので夕飯不要」との連絡を受けたため、今夜の夕飯は手抜きのレトルトカレーで決定していた。


 時計の針は20時を少し超えている。

 いつもなら夕飯の片付けが終わり、父親が風呂の準備を始める時間である。
簡素な夕飯を早々に終わらせ、咲桜はぼんやりとスマホ画面の気象情報を目で追っていた。
どうやらこの地方一帯は、明日の朝にかけて大雨・強風と雷の警報が発令されているようだ。
「山間部は土砂崩れに注意」という一文で、咲桜の中の不安の影が大きくなってきていた。

「あー……お風呂なああ。今日くらい無しでもいいかなあ」

 悪天候の中、表の窯に薪をくべて火を点けるという行為は咲桜にとってかなり難易度の高いミッションだった。無しでいいかという台詞を口にしつつも、心の中では「一日とて風呂に入らない日があるなんて女子として許されない怠慢である」という葛藤と戦っていた。

 薪の焼べ方は父親に何度か教わっている。初の実践が非常にコンディションの悪い天候状況ではあるが、致し方ない。今後も父親不在の中での風呂焚きミッションは発生するだろうし……。
意を決した咲桜が腰を上げた時、異常な視界と錯覚するほど眩しい光のあと、身体を震わせる轟音が咲桜を貫いた。

 突然、目の前の世界が暗転する。
停電だと気がつくまで、数秒かかった。
しばらく身を竦めていたものの、状況を把握した咲桜が軽くパニックに陥る。慌てて玄関の方へ向かおうとするも、和テーブルに脛をぶつけその場で悶絶する。

 町に住んでいた頃にも、何度か停電は体験している。その時は数分程度で電力は復旧したし、何となくモノの位置がわかるくらい周りは明るかった。
だが今は真の闇だ。自分の手指さえ視認できないほどの闇だ――。

 停電で電気の供給は止まったが、雨と風が止まるわけもない。
勢いを増す雨と風が、咲桜の祖父母よりも年老いた家屋に容赦なく叩きつけられる。

「いやもういいんで……マジ無いんで!!」

 脛をさすりつつ、スマホのライトをオンにする咲桜。
予備電源の話も確か父親から聞いていたはずだが、それが必要なことなど起こることはないと高をくくって聞き流してしまっていた。まだそれほど暑くはない時期だが、このままでは冷蔵庫の中のものがいくつかダメになってしまうだろう。

「早く復旧してよ……!何もできないじゃん」

 恐怖を紛らわすため、わざと大きな声で独り言を口にする。
またもや視界が真っ白になり、遅れて轟音が響き渡る。

「もう……帰りたいよー……帰らせてよ!」

 切れ気味に咲桜が叫んだ時、玄関の方からがんがんと何かを叩きつける音がした。
風が叩いているにしては規則的である。
もしかしたら父親が心配して戻ってきてくれたのかもしれない。
咲桜はスマホを懐中電灯代わりに玄関まで移動し、恐る恐るドアを開けた。


 そこには、薄青色のレインコートを着た武雄彩桜が、立っていた――。

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