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そくせき

作:鳶沢ちと [website]

早川千奈に、もう一度弾丸を - 4.無賃乗車

 昼食を軽くパンで済まし、町に出るためバス停まで繰り出す。トタン屋根の下にプラスチック製の青いベンチが備えられた申し訳程度の待合いは、学生時代に毎日利用していた場所だった。全体的に劣化が進んでいて以前より更に頼りなくなっており、日焼けで白んだベンチに腰掛けるのは、なんとなく恐る恐るになった。
 家の周囲こそ緑に溢れ鬱蒼としているが、実は少し移動すれば住宅街があり、それに伴って店がいくつか構えられている。これから向かう町のいうのは、その地域のことだった。とは言ってもそれらが出来たのは親世代の話で、今となっては土着し、栄えているというには落ち着いたものである。人が老いれば町も老い、活気はゆるやかに静寂に向かっていく。その過程を感じるような場所だった。
「今日も暑いな……」
 日差しの角度的に、トタン屋根は影を作らなかった。都会と違ってじめっとした暑さはないが、真夏の直射日光には堪えるものがある。
「あん? 悪いけど暑いとか寒いとかあたしには分かんねえよ。体がないんだから」
「そうだった。変な生き物だよなー、幽霊って」
「生き物って。死んでるっつーの」
 汗がシャツとジーンズに染み込んでいくのが分かる。この暑さを感じないのは羨ましいとも思うけれど、彼女は望んで死んだわけではないので、その言葉だけは絶対に口にしない。
「そういや古綴」
「ん?」
 早川が腕を組みながら首をかしげて言った。
「お前、車持ってるよな。なんでバス停まで来てんだ?」
「そりゃ、バスに乗るからだよ」
「お前な」
 梅干しみたいに顔をしかめて、僕を非難する。
「冗談! 君が車移動は嫌いだって言ったからでしょ」
 霊体にとって車、ひいては乗り物での移動は負担が大きいのだそうだ。
 早川は大雑把に「なんか気持ち悪いんだよな」と言ってたけれど、恐らく、一部の物理法則を無視してしまう霊体の特性は、乗り物での移動向かないのだろう。考えてみれば、引力の影響なく浮遊しているくせに地球の自転には自然とついてきているし、幽霊には幽霊の都合が働いているように思われる。
 普段は無意識に制御しているものを意識的に捻じ曲げる疲労感はなんとなく理解できる。例えば、歩く時に手と足を同時に前へ出しなさいと言われれば可能だが、続けるのはもどかしい。早川は、それを気持ち悪いと感じているのだろう。
 自分の車で移動すれば、駐車場を探してうろうろ走ることになるかもしれないし、僕も面倒だ。バスの方が広々としていることもあり、彼女にとっては様々な面から負担が少ない。
「へえ、覚えてたのか。殊勝な心掛けってやつだな」
「そりゃどうも」
「バスも車だけどな」
「いや、まあ、そうだけど。分かるだろ」
 間もなくして一時間に一本しかない貴重なバスがやってくる。僕は乗降口から、早川は横着をして車体をすり抜けて入ってきた。
 目的地までの四十分ほどの間、人が乗っては降り、車内は幽霊と運転手を除いて常に二、三人を保っていた。空に向かって喋りかける痛いやつになってしまわないよう、僕と早川は努めて沈黙を貫いていたが、たまにちょっかいを掛け合ったりして、冷や冷やはすれど退屈な時間にはならなかった。
 やがて目的地へと降り立った早川は、バスが去るのを見送ってから、
「う~ん、無賃乗車」
 と伸びをしながら言った。わざわざ言って噛み締めるところが、なんというか、早川だった。そりゃあ、もう一人いるんで、と二人分の乗車賃を払うわけにもいかないのだが。
「で、こっからどうするんだ?」
 伸びをしたままの恰好で、こちらに向き直って言う。
「例のスナックに行こうと思う。ここから近いでしょ? 案内してよ」
「合点」

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