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そくせき

作:鳶沢ちと [website]

飛文症 - 6.まんまと餌を与える

   ◆

「――で、吾妻のその一言で閃きがやってきたんです。茂木が犯人で間違いないって」
 そう語るのは、心療内科の診察室でのこと。薬が切れたので、また処方箋を貰いに来ていた。多めに薬を出してくれれば足繫く通う必要もないのに、先生はわざと量を減らしている。経過観察だとか言って、僕から面白いネタがあがらないかと餌を待っているのだ。
 まんまと餌を与える、僕も僕である。
「小十郎、吾妻吾妻と言うが、私も吾妻だ。呼び名はなんとかならんのか」
「あなたの末の妹の、吾妻桜ですよ。先生を吾妻なんて呼んだことはないので、分かるでしょう」
 常套のからかい文句を受け流して、続ける。
「僕は物事を平面でしか見れていなかった。茂木は眼鏡を盗んだ。けれど、それは目的ではなく手段でしかなかった」
「……なるほど。年頃だねえ」
 結論を迂回したつもりだったけれど、どうやら先生は察してしまったようだ。
 吾妻は視力が悪い。だから眼鏡がないと授業を満足に受けることが出来ない。それは意外と真面目な吾妻とってそれは不都合、つまり困ることだ。義理堅いやつでもあるので、僕にノートのコピーを渡せないことも、懸念していたかもしれない。
 吾妻は困った。だから僕に助力を求めた。視界が悪い中探すのは困難だろうから、僕以外にも助けを求めたかもしれない。当然、眼鏡は探しても見つからない。茂木が盗み、隠したのだから。
 それによって茂木が得られるメリット、達成できることとは何か。
 僕は可能性を考えた。
 吾妻を困らせたかった。これは達成されているけれど、違う。茂木は罪を悔いていた。僕は飛文症で彼の罪悪感を覗き見ているのだ。やらなければよかった、嫌われたくないなんて思うなら、最初から困らせるようなことはしない。
 吾妻の眼鏡が欲しかった。度の入ったちゃんとした眼鏡は中学二年生からすれば高価で、お小遣いではなかなか手が届かないものだ。どうしても欲しくて盗みを働いた、なんてのは、あってもおかしなことではない。
 でも、単純に考えてみてほしい。高価なものであるほど、盗みは様々なリスクが吊り上がってくる。値段で罪の重さが変わるとは思わないが、消しゴムを盗まれたくらいなら諦めがつく。けれど、眼鏡ともなればどうだろう。ばれれば学級会、下手をすれば親の参入だって考えられる。おたくのお子さんはどうなっているのだ、と。茂木は、果たしてそのリスクを考えなかっただろうか。背負う覚悟があったのだろうか。そこまでの大ごとにしたかったのか。
 答えはノーだ。茂木はばれたらどうしよう、とも思っていた。リスクは少なからず視野にあったのだ。
 嫌われたくない。ばれるのは困る。それでも茂木は眼鏡を盗みという手段を用いた。それは何故か。目的さえ達成すれば、リスクを覆すことが出来ると思っていたからだ。
 ここまで来ると、もう答えは一つしかない。
「ま、大体のところは分かったが。最後まで聞こうか」
「はい。茂木は、吾妻の眼鏡を見つけたかったんです」

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