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そくせき

作:鳶沢ちと [website]

飛文症 - 5.理由が分からない

 物理的に不可能なことを、あれこれ考えていても仕方がない。どうも先生の助言は的を射ないというか、抽象的すぎて僕の心に響かない。かといって一蹴するほど無価値ではなく、脳の片隅にぼんやりと居座っている。
 洗面台でばしゃばしゃと顔を洗って、髪をかき上げる。視線は鏡に、だけど鏡は見ていなかった。
 僕はさっき、茂木と無駄話をしたかったわけじゃない。茂木はハンカチを使えないと言った。忘れたと言ったなら疑わしいけれど、使えないとはなかなか言わない。だから、それは本当のことだと思っている。そして引っかかる表現だ、とも。
 ハンカチが使えない状況とは何か。
 一つ。これは茂木にも言ったように、汚れていて、ハンカチ本来の機能を全う出来ない状態。それから学内で洗って干しているとかでも、使えないという表現は適合する。
 二つ。ハンカチを誰かに貸与している状態。これは確かに使えない状況だけれど、素直に貸していると言えばいいし、そうでなくても|今は《・・》使えないとか、一時的であることを、無意識に強調しそうだ。仮説を立てるにはちょっと弱い気がする。
 三つ。既に別の役割を当てていて、ハンカチが手元にない、或いは手元にあっても、その役割のためにハンカチとして使えない状態。これは茂木の容疑を強める説が、理屈上は成り立つ。だとして、心理的にそうする理由が分からないでいる。
 茂木かどうかは置いておいて、何者かが眼鏡を盗んだとする。するとどうだろう、吾妻は眼鏡をケースに入れておらず、そのままの状態で放置していた。普通に考えれば、犯人は眼鏡を何かで保護した上で、盗んだんじゃないだろうか。
 それは盗みの目的から、逆説的に立証することも出来る。
 吾妻の困る顔が見たかった。眼鏡が欲しかった。どちらにしても、レンズに傷が付いたり、フレームが歪んだり、眼鏡が破損するリスクは避けるんじゃないか。前者の目的を達成するだけなら、レンズでも割って床に置いておけばいい。そこまでしたくないから、窃盗という手段を取っているのだ。後者だって、コレクションにしろ実用するにしろ、傷物になるのは都合が悪いはずだ。
 では、どうやって眼鏡を保護したのか。
 ハンカチで包んだのだ。そしてここで三つ目の仮説に繋がる。だから茂木は、ハンカチを使って手を拭うことが出来なかった。
 そこまで分かっていても、動機がなくては犯行に結びつかない。茂木はどうして眼鏡を盗む必要があった? どうして盗みを悔いている? どうして吾妻を困らせる? 嫌われたくないのに、盗む理由とはなんだ? それともコレクションが目的なのか?
「……分からん」
 ここにいても、結論は望めなさそうだ。僕は教室に戻ることにした。
 復路の廊下でも、念のため茂木以外に疑いのある人物がいないか確認していたが、特にそれらしい文字が飛んでいる者はいなかった。そうなると茂木の容疑はますます強まるけれど、これも僕の頭が足りないばかりに手詰まりだ。
「コジュウロ~」
 項垂れた吾妻が教室から出てきた。様子からして、吾妻の方も成果はないらしい。
「眼鏡、見つかったか~?」
「無かった」
 これにはどう答えたものか逡巡したが、間を置くのも怪しまれる。あてはあるけれど、まだ大した証拠もないのだ。吾妻に、茂木が怪しいと伝えるわけにはいかなかった。
「予備の眼鏡とかないのか?」
「家にあるぞー」
 僕は崩れ落ちた。それじゃあ予備の意味がないだろう。
 まあ、盗まれるとは夢にも思わないか。根っからの善人というか考え無しというか、未だにその可能性を欠片も感じず、自分の過失を信じて疑ってなさそうだ。
「う~ん、眼鏡がないのは困るぞー。助けてくれコジュウロー」
「だからこうして手伝っ……て……」
 待て。
「? どうしたコジュウロー」
 ……助ける?

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